雨のち いずれ晴れ

ホントは寂しがりやのシングルファザーが叫ぶ! 誰かに届け!誰かに響け!!

あけみちゃんフォーエバー

そのお店は、とあるビルの一階。ラーメン屋を通り過ぎ、二つのスナックを超えた一番奥にある。

幅90センチ。高さ2メートルの扉を開けるとチリンチリンと透き通る鈴の音が鳴る。

来客の合図だ。

 

右手には8人座れるカウンター。ドアを開けた正面奥には6人座れるボックス席。

カウンターには沢山のボトルが並べられ、全てに客の名前が書かれたタグが掛けられ、常連の多さを見せつける。

カウンターの後ろ。あけみちゃんの背中側にはグラスと新品のボトルが飾られている。

そのボトルは、安い物から高価なものまであり、バリエーションの豊富さは、客層を選ばない分け隔て無いあけみちゃんの人柄が見え隠れする。

壁につけられた間接照明。カウンターの真上にあるモダンな灯り。その全ての照明を薄く落としたその空間は僕の気持ちをいつも、一気に穏やかなものへと変えてくれた。

 

 

 

あれはいつだっただろう。3次会に捕まりそうなのをそっとバックレてあけみちゃんの店に向かった。一人でね。

お店のドアを開けると、変わらず鈴の音が鳴る。

客のいないカウンターに一人座り、肘をつき頬に手を当ててテレビを見ていたあけみちゃん。

あの時何を考えていたの?僕が入ってきたのも気づかないぐらい何を考えていたの?

「テレビに夢中で気づかなかった」なんて嘘、なんでついたの?

音の出ていないニュースに夢中になったなんて見え透いた嘘ついて、あけみちゃんらしくないよ。

もしかしてあの時考えていたのは、この日のことなの?

 

 

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業界人のたまり場であるあけみちゃんのお店は、先輩たちが若輩者を連れだって最後にたどり着くスナックだ。

僕は建設業に従事している。もちろん紳士的な人たちも多いが、そうでない人たちも同じぐらいいる。

そんな業界の人が最後にたどり着くこのお店は『にぎやか』を通り越してしまう場面がちょくちょく訪れる。

酔いつぶれて寝てしまう人。カラオケを大合唱している人。その音に負けじとヤジを飛ばす人。マンツーマンの部下にネチネチとダメ出しをする人。

一見すると荒れたお店に感じるだろうが実は違う。みんな仲間なのだ。

知人、友人といった意味ではない。『同じ業界人』としてだ。

僕の友達から見聞きする他業種とはやはり、この業界は一線を画す。

みなまで語るつもりは無いが、このご時世にあってもなお、僕の業界はいつまでたっても『建設業』なのだ。地元の中小零細企業に勤める僕らは、お酒が入ると威勢がいい。

建設大不況の荒波を乗り越えて今ここに集う僕らはみな『仲間』なのだ。元請けや下請けなどの垣根など無い。

 

 

 

僕はあけみちゃんの店で業界のイロハを教わった。

上司から。他社の先輩から。下請けの営業マンから。時にはあけみちゃんから。

特にあけみちゃんから教わった話は、経験不足の僕に、しっかりとかみ砕いた言葉で伝えてくれて、複雑な力関係や人間関係を上手に理解させてくれた。

上司や先輩から聞く、言葉を端折った話より、あけみちゃんの話の方が分かりやっすかった。

 

 

いつしか僕もあけみちゃんから名前を覚えられ、隣に座ってくれるようになった。

僕の事、名前で呼ぶ人はあけみちゃんだけだぞ(笑)

「いつ見ても若いわね」なんてお世辞も、今の僕にはもう通用しないよ。

でもね、座ったとたんに僕の膝に手を置いて、太ももの途中まで動かして、撫でながら「いらっしゃい」と言ってくれるあけみちゃんの方が、いつも変わらず可愛いなと思っているよ。

 

 

あけみちゃんとの付き合いもだいぶ長くなったね。

騒ぎたい時にはそのままにしてくれるし、大事なお客さんを連れて言った時には、僕が酔い過ぎないようにそっとチェイサーを用意してくれたり。

その気配りに惚れそうになったのは一度や二度じゃない。

「抱かせてくれよー」と冗談交じりに言った僕を、上手にあしらってくれるあけみちゃんは、さすがだな。この業界にもまれてきただけの女だ。

色んなとこもまれてきたんだろうけど(笑)

 

 

 

そういえばあれはいつの事だっただろう。

僕が仕事で大失敗をして、そのことを上司に罵倒され、一人でたどり着いた時の事。

店じまいも間もなくというのに僕を入れてくれた。

事の詳細を聞き、あけみちゃんが渋い顔をしたときは、本当にヤバい事をしたのだと、改めて重大性に気づかせてもらったし、無下に僕を罵倒した上司に対して「バイブレーターでヒイヒイ言わせてあげて」と、業界人なら誰でも分かるブラックジョークでフォローしてくれた時は二人して大爆笑したよね。

※『バイブレーター』とは、コンクリート打設時に締固めを行う際に用いる電動の振動機。

 

大爆笑して涙が出てきて、その涙が呼び水となってそのまま僕は悔しくて大泣きした。

仕事の事で人前で泣いたのは、後にも先にもあけみちゃんの前だけだよ。

 

僕はきっと、あけみちゃんの事が好きだったんだ。

 

 

 

 

 

 

これは先日のこと。

機械音痴のあけみちゃんが、やっとの思いで作ったラインを受け取ったときは嬉しかったな。まだまだ頑張れそうだって、そう思った。

僕の母親と同じ69歳。まさかあのお誘いラインが最後になるなんて。

お店を止める事。なんでもっと早く教えてくれなかったの?

やっぱりあの時。あのテレビを見ている時、あけみちゃんは覚悟を決めていたんでしょ?

 

時が経つにつれ徐々に、賑わいを失っていくのは感じてた。僕も足しげく通ったつもりだったけど、力及ばす申し訳ないと思っています。

 

 

 

あけみちゃんがみんなに約束させた通り、「店を止めたら連絡は、しない、させない、受け付けない」の言いつけを守ることにするよ。

地元の、僕の業界の酸いも甘いも知り尽くしたあけみちゃん。

癖の強い人たちを相手する日々は大変で、でも楽しかったでしょ?

みんなが寂しがっているけれど「時代だよ」と言い切ったすっきりしたあけみちゃんの顔を最後に見れてよかった。

 

 

あけみさん。。。お疲れさまでしたm(_ _)m

 

 

 

 

 

高齢化の進む建設業は、その諸先輩たちの引退に伴い、ひいきにされていたお店もまた引退することになります。そんなお店が多いです。

何歳になっても『飲みの場』とは、男にとって学ぶことが多く、あけみさんの店もまたそういうお店でした。

こうやって時代は引き継がれ変わっていくものなのでしょうね。

 

 

 

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悩みって消えないものなんだろうな

何のイベントも無いままお盆がやってこようとしている。

今年はコロナの影響で、ほとんどのイベント、催し物が中止となった。

 

こうやっていろんなものが無くなると如何にそれが大切なものだったのか、改めて分かる。

僕が毎年参加していたマラソン大会は全て中止。

地域のお祭りも、花火も竿灯も全て中止。

 

日々は勝手に過ぎてゆきカレンダーは進んでいくけれど、要所ようしょにあるイベントや催し物を通り過ぎる事によって人は季節を感じるものなんだ。

「今年はもうお盆だ」

という周囲からの声はみな僕と同じ感想で、しかも大概の人たちの口から聞こえる。

 

年齢を重ねれば確かに時間が経つのは早い。一年の長さがどんどん短くなっていく。

しかし今年はその類とは違う感覚で季節が過ぎて行ってしまう。

単純に時間が経つのが早いのではなく、季節が過ぎるのを早く感じてしまう。

 

 

昨日、雄物川で花火が上がった。

『元気花火プロジェクト2020』という企画。

全国各地で行われているのは皆さんご承知の通りだと思う。

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こうやって『少しでも』という人間の心遣いにポッと心が温かくなる。

 

はたしてコロナの影響はいつまで続くものなのか、それは誰にも分からない。だから来年のことを考えるのは、今は止めておこうと思う。

 

世の中には自分の努力で解決できない物事が多く、コロナもそれ。

確かに今自分はここに存在していて、でもそれは他の人もみんな『自分は存在している』と思っている。その世界中に溢れている『みんな』と一緒に乗り越えていくしかないのだ。

 

 

 

離婚して4年経過したシングルファザーの僕の生活は安定してきた。

何の前触れもなく突然かかってくる元妻からの電話に心がざわつくことはあるけれど、それも一瞬の出来事であり災いの類は到来しなくなった。

専門学校を一年で自主退学した息子の仕事は順調。

来年進学を控えた娘には彼氏がいるが、遊びにきても挨拶できない彼氏のことを除けば、まぁそれなりに娘も高校生活を楽しんでいるようだし。

 

僕はと言えば相変わらず仕事が忙しくて、コロナの影響が無いのが幸いで、しかも10万円まで頂いて。

自粛期間が明けてからは、お世話になっている飲食店に顔を出しサービスを受けて対価を置いてくるサイクルを継続している。

ありがたい事に、彼女までできて、少しずつ、本当に少しずつ過去に置いてきた幸せを今、払い戻してもらっているように感じる。

 

 

やはり今の僕は安定していると自分で思う。でもこのことがいつまで続くのだろうと不安に思ったりもして。

そんな目線で日々を過ごしているせいなのか、今度は今まで気にならなかった事柄に注意が向くようになった。

今まで気にも留めていなかった『事柄』。

きっと上位の問題が消えてきたおかげで、下位の問題に触れる余裕が出てきたのだろう。

昔は下位だった問題は今の僕にとって最上位の問題となり悩みとなっている。

 

 

人間社会に生きる僕らは、基本的に『衣・食・住』を確保している。生きる事には差し障りないが、そのことも含め起きる問題というのは全て『人間関係』に起因する。

人対人とのトラブルであり、感情なんだ。

 

 

『生きる事』に対するアプローチに影響する事柄が悩みの上位になるが、それを上から順番に解決して今の僕は過去の『下位問題』にぶつかって心をすり減らしている。

 

 

きっと今の悩みもそのうち解決するか、消え失せて、そうするとまた今より下位の問題に着手することになるのだろう。

 

 

今の僕にとっては『下位』であっても、その時の僕にとっては『最上位』になっている。

他人の悩みもきっと、今の自分がどの位置にいるかで、見え方が違うのではないかと思う。『生きる事』を最優先としたときの自分の経験や立ち位置で。

 

僕にとっては大したことの無いように思える事も、当事者にとっては大変な事柄なのだ。

僕のラインにはそんな悩みを抱えた人たちからメッセージが入る。

僕一人だけで解決できる問題ではないが、相談にのって上げよう。

 売り上げが足りないそうだ。。。

 

 

 

 

 

あけみちゃ~ん!今日も行くよぉ~!

 

 

 

飲み屋のねえちゃんには、本当に困ったものである。。。

 

 

 

 

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どこまでも走ってゆけるような気がしてた

今週のお題「夏うた」

 

中学二年で始めたバンドも、休憩を挟み高校二年で復活した。

キーボードとボーカルが新しく加わり僕らは、本格的な活動を開始する。

 

今思えば、家族には本当に迷惑をかけた。また、寛大な家族だったとも思う。

メンバーの中で一番広い自室を持つ僕の部屋にドラムがあり、必然。そこが練習スタジオとなった。

農家を営む僕の家は、休日など関係なくて、常に農作業に追われる両親は幸い、日中は家にいない。

 

 

夏休みには朝から始まり、昼休憩を挟んで夕方まで練習が続いた。

100m後ろに山を背負ってその音は、凄まじい範囲にまで響いていた。

隣の家にも、そのまた隣の家にだって僕たちの音がずっと遠くまで。

 

20年以上昔の、さらにはど田舎だからこそ許されたことなのだろう。

 

 

 

 

真夏の空気は湿度で重く、ギラギラと輝く太陽の光で着色されて薄黄色のガスのよう。

僕の部屋の窓は開け放たれ、扇風機二台がクビを降り、セミの声を跳ねっ返すようにしてドラム・ベース・ギター・キーボード・ボーカルそのままの爆音が飛び出してゆく。

 

たまに近所のおじさんが「少しは聞ける音楽になったな」と声を掛けてくる。

揶揄されたのか褒められたのか、騒音被害を訴えてきているのか、そんなことすら感じる事ができないぐらい幼かった僕たちの頭の中には、夏祭りでの初舞台のことしか頭になかった。

 

 

 

何の都合なのか、家族が早めに農作業を終えて帰ってくると「うるさい」と追い出される。僕らが止めるととたんにセミの声が戻ってくる。

各々の楽器を背負い別のたまり場へと移動する。

遊びだった。もてたかった。目立ちたかった。音楽への純粋な気持ちなどない。

見上げた空のように、『上手くなりたい』という青い純粋な背景の表面に『異性からの称賛』というほのかな期待が入道雲のように幾重にも沸き立っていた。

 

 

 

あの頃の僕らには本当に何もなくて。ただただ楽しい事だけを繰り返す毎日。

バンドは面白かった。漠然として無根拠な栄光を感じていた。

テレビの中に入れるかもしれないという、異性からもてはやされるかもしれないという、オーディションにでも応募してみようかという、買ったばかりの宝くじに寄せる思いみたいに『可能性』に夢中になってた。限りなくゼロに近い可能性にさえ胸が躍ってた。

僕らは自由だった。各々が思う栄光に向かって思いを馳せた。想像と妄想だけで生きて行けた。

 

 

年頃の僕らは無尽蔵なエネルギーを持て余し、日中は楽器を叩き声を張り上げ、夜になるとそのまま星を眺め花火をし異性の話で盛り上がり爆笑し朝霧の中、帰宅し眠った。

 

 

気付くとメンバーが来ている。僕の家に、部屋に勝手に上がり込み準備が始まっている。ドラムを叩く僕をニヤニヤ見ている不思議に気づき顔に落書きされた自分に気づく。そんな爆笑が永遠に続くと思ってた。なんなら『永遠』ってことさえ思わずに、僕らはこのまま大人になるのだと思ってた。

 

 

 

街おこしのイベントで作られた舞台。そこからは外れた場所で僕らは、他のバンドと共に初ライブをした。郵便局の駐車場。ドラムセットとアンプが並んだその場所は、しっかりと照明に照らされて、見物人もそろってって、両サイドの出店がなんとも言えないアクセント。

 

どこにでも凄いやつらはいるもので、その演奏に音に驚愕しながら、でも心は、瞳は目の前にいる浴衣姿の大勢の異性に捉われている。

 

いよいよ僕らの出番。

初舞台の緊張と大勢の異性を目の前にした興奮はそのまま音となり、夜の空に吸い込まれていく。

時折通り過ぎてゆく涼しい風も僕らの汗を乾かすことはできない。

 

 

 

漠然とした無根拠の栄光に向かって走る。

武器も防具も持ち合わせていない裸足のままで飛び出して、栄光に向かうかもしれない時間という列車に乗っていこう。

いつか大人になるという、イメージだけの意味も理解していない自由に憧れて、今はまだ見えない自由が欲しくて。

やみくもに、希望という見えない銃を撃ちまくっている。

自分はまだ何がしたいのか分からない。不安や怠惰や己の能力を一旦無視して、内なる声が聴きたい。自分の心の本当の声を聴かせてほしい。

内なる声をそのままに、その勢いそのままに列車よ走って行けどこまでも。

 

 

 

初舞台の最後の曲は『TRAIN-TRAIN』で終わり、僕らの終わらない夏は『TRAIN-TRAIN』から始まった。

 

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心無い人の心

どんよりした空を眺めていた。

薄いグレーの雲が空一面を覆っている。

 

今朝がたすれ違った隣の家の旦那さん。なぜあんな顔で僕を見つめていたのか。

あれは見つめていたのだろうか。それとも睨んでいたのだろうか。

 

 

 

運転中のフロントガラスの外はもうすでに、夏色の空気。

朝7時過ぎの通勤ラッシュ。

どうしても僕は今朝がたの伊藤さんの表情に納得いっていなかった。

 

 

 

4年前に離婚してから、両隣のご家族とも疎遠になった。

いまだにはっきりとは離婚した事実を言葉として伝えていない。

『そのうち分かるだろ。すこしほっといてくれ』

離婚の衝撃や心の傷は体験した人にしか分からないしまた、その傷の種類も人それぞれ。そんな気持ちから僕は、わりと親しくしていたお隣の人たちにさえ何も伝えないままこの4年を過ごしてきた。

 

いつのまにか無くなってしまった妻の車。

一台分がちょうど空いている。

どのぐらい経ったら『おかしいな?』と思い始めるのだろう。奥さんの車が無いってことに、いつから気づき始めたんだろう。

 

今はそんなことを聞いてみたい。近所の人たちに。

そういえば町内会費の集金が来なくなった。もしかして『ひとり親』に対する気遣いなのか免除なのか。

 

 

通勤時の車の中。久しぶりに離婚にまつわる色々な思いが頭の中を占領していた。

ちょうど一か月前。愛車をぶつけた。その車がやっと修理を終え戻ってきた。

運転に集中できていない僕は自分に「おい!こんなんじゃまたぶつけるぞ!」と声に出して言ってみた。その声は社内に散らばって消えていく。僕の心には留まらなかった。

 

 

汚いものを見るような目で僕を見ていた伊藤さん。

理由は分からない。何せ疎遠になってしまったのだから。関りが無くなっているのだから。

だからこそ余計に気になってしまっていた。

 

 

 

 

一か月前に車をぶつけた日のこと。

仕事で疲れて帰ってきたら洗濯物の山。時間は20時を過ぎていた。

季節がら室内干しでは乾きづらい。僕は仕方なくコインランドリーに行くことにした。

まだ夜ご飯も食べていない。

自宅で洗濯しそれをランドリーバックに詰め替えて、車で5分とかからないコインランドリーの乾燥機目指して夜の街を走った。

300円で33分。

疲れていた僕は車内で眠ってしまっていた。

住宅地の交差点の角にあるそのランドリーは、全面ガラス張りで内部が完全に見える作り。店内の照明がやけに明るくて、その建物だけが夜に浮かび上がって見える。

明かりに誘われて虫たちが窓にしがみついている。

入口上部にある照明器具の周りを、元気な虫は飛び回りときおりぶつかって音を立てていた。

300円で約束された時間をとっくに過ぎて目覚めた僕は、空腹もあって早く帰りたかった。

乾燥機から取り出した洗濯物の乾きを確認する。パリッパリに乾いた衣類やタオル。そのことに満足して、たたむことなくランドリーバックに詰め込んだ。

「しわになるよな・・・」小さく呟いてみても誰もたたんでくれる人などいない。僕は一人なのだから。

自動ドアを出ると外の湿度の高い空気が僕にまとわりついた。

『帰ろう』

そう思った。僕には幸い帰る場所がある。子供たちの待つ家へ帰るのだ。

最近では会話の少なくなった子供たちとの関係も別に悪いものじゃない。成長という過程の中にいる僕らは母親を置き去りにして家族の新しい形を作ろうとしている最中だ。

 

孤独ではない孤独感と空腹が僕をコンビニへと立ち寄らせた。

22時を過ぎたレジには、どうみてもやる気の無さそうな店員がスマホを見て立っている。

来客の合図を告げる音が客のいない店内に響いた。

ビールとつまみを買い、3円払ってレジ袋に入れてもらった。疲れからくる眠気で目がシバシバしていた。疲労感もあった。店員の心無い「ありがとうございます」は気にならなかった。

頭から突っ込んだ車を今度はバックで方向転換したときのことだ。バッフと音がしてリアガラスが飛び散った。後方不注意で、敷地内の街灯に車をぶつけた。

リアバンパーやリア扉が凹んでいたし、ガラスも割れた。街灯を壊してしまったかと思い車を降りて確認したが幸いにも街灯は無傷だった。白い電球の付いた街灯周りには、夜の虫が元気にクルクルと飛び回っていた。

 

 

 

たまに自分が空しくなる。やはりその原因は離婚に起因する。

だから身に覚えのない伊藤さんのあの顔も離婚に結び付けてしまう。

あの顔にはどんな意味があるのだろう。こんどは無視しようかな。

ぺこりと頭を下げた僕を無視した伊藤さんに対抗して。

 

 

 

心無い人の心無さの意味を僕は理解できない。何の意味で、何の目的でその『心無さ』が発揮されるのか。

自分の行いは子供に見せれるのか。自分の子供にその心無さが向けられたとして、伊藤さんはどう思うのか。伊藤さん自身に向けられたらどう思うのか。

 

ただし、車をぶつけたあの日のように、僕には僕の世界があって、伊藤さんには伊藤さんの世界があって、それは決して交わると来なく平行して、隣り合って存在していて、その世界観はきっと理解できないものだから、伊藤さんはまた僕に『あの顔』をするんだろうと思う。

 

 

僕が珍味『真ソイ』の刺身を食べてる時、どこでどんな顔をしてるのだろう。

 

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僕がお姉ちゃんに鼻の下を伸ばしながらお高いボトルを注文しているとき、どこでどんな顔をしているのだろう。

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伊藤さん。申し訳ないけど僕は気分が悪い。

あの日の朝、あなたから向けられたあの顔は忘れられない。

 

どうか罰が当たりますように。

 

 

 

 

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墓場まで持っていく話を聞いたら吐き気がした  あとがき

このたびは 『墓場まで持っていく話を聞いたら吐き気がした』を読んで頂きありがとうございました。

 

 

身ばれ対策として、少し背景を変えて書きましたが、物語の内容は全て事実に基づいております。

第6話に貼り付けたmixiのメッセージ写真ですが、「衝撃過ぎて他の人にも見せたい」「出所はバレないようにする」という約束を健吾にしました。

健吾自身はというと、「SNSで拡散してくれよ」と冗談で返せるぐらい気さくに了承してくれました。

あの写真は現物です(名前は変えてある)

 

 

 

 

 

 

さて、今回の早苗と健吾の物語。読んで頂いた方は、どのように感じたのでしょうか。

ザックリですが物語の内容をおさらいしてみます。

 

 

ある日、僕の携帯に早苗から着信が入ります。

早苗は友達の奥さんです。折り返してみると「聞いてもらいたい話がある」と神妙な声です。

僕と早苗は日を改めて居酒屋で会うことになりました。

 

離婚の相談だなと思っていた僕に、案の定そのような内容の話をしてきた早苗。

家庭内別居状態であり、その原因は健吾の浮気と不倫。このままでは子供たちがかわいそうだから、健吾がこれからの家族をどうしたいのか、その考えを聞いてみてほしいという依頼を受けます。あくまでも被害者は早苗と子供たちです。これが早苗の言い分でした。

 

 

その週末。今度は健吾と会いました。

やはり健吾には健吾なりの理由がありました。

健吾が結婚前にしてしまった一度の浮気のせいで、早苗と健吾の関係は歪んだものになってしまいました。

本来なら結婚するべきじゃなかった。早苗の心の中には、いつまでも消えない『健吾の浮気』の傷が残っていたのです。

しかしどうでしょう。実際のところはその『傷』だけではなく、早苗自身の浮わついた気持ちが多分に感じられる早苗行動。

早苗は健吾のせいにして、結婚しているにも関わらず浮気や不倫を繰り返します。全て健吾の大昔の過ちのせいにして。

 

 

健吾は自分の行いを反省し、必死で関係改善に努力しますが、どれだけ時間が経とうとも早苗の行動が変わることはありませんでした。

そして健吾は衝撃の情報を目にします。

早苗との関係改善は健吾の人生の必須事項でした。子供たちのためにも。

しかしその衝撃の情報によって健吾の気持ちの糸は切れてしまいました。早苗に対する愛は消えてしまいました。

 

 

初めは早苗からの離婚相談かと思いきや、結局離婚を望んでいるのは健吾のほうで、それを阻止したいのは早苗の方だったのです。

 

 

 

 

何なんでしょうか。ここまで書いてみて、とても気分が悪いです。くだらないです。

正直言って、『墓場まで持っていく話を聞いたら吐き気がした』を最終話まで書くにあたり、とても疲れました。

 

 

 

僕は健吾に同情してしまいます。

健吾ね、家事の全ても行っていました。早苗がそう望んだので。『過去の大罪』を理由に早苗は、健吾を責めに責めまくっていたのです。

 

 

健吾。よく耐えた。よく何年も頑張った。

もうここらで良しとしようぜ。

確かに自分の浮気から始まったことなのかもしれない。でも早苗は酷すぎる。度を越した対応と行いだ。今の健吾はまるで奴隷じゃないか。夫を奴隷扱いする、出来る人となんか一緒にいるべきじゃないよ。

 

 

健吾。リセットするんだ、人生を。

子供たちを引き連れてやり直すんだ。

今までよく頑張った。お疲れさま。

 

 

 

さあ、最後の一踏ん張り。

離婚に向けて知恵を貸すよ。僕にはいいアイデアがあるんだ。

健吾が本当に離婚を望むならそのアイデアを教えよう。喜んで。

 

 

 

 

早苗と健吾の物語の結末はまだ分かりません。

しかし夫婦とは本当に分からないものですね。端から見ると幸せそうな家庭も、実際のところはどうなのか分かったもんじゃない。

 

 

 

現在結婚している人。その人たち全てに、何らかの物語があるのだと思います。

 

 

『結婚』って何なんでしょうね。どうしてあんなに仲が良かった二人が変わってしまうのでしょうね。それはどの段階から始まるのでしょうね。何がきっかけになるのでしょうね。

 

 

もしチャンスがあるなら僕は、『それ』を解き明かしたい。腐り始めるその味をなめてみたい。

自分にまた『それ』が訪れたなら、今度は防腐剤を用意しておくから。

 

 

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墓場まで持っていく話を聞いたら吐き気がした【夫編】 第六話

ここまで淡々と書いてきた。少しでも早苗と健吾の関係性を伝えたくて。

全てはこの画像の為である。この画像を見て頂きたかった。

人間とは、女性とは本当に怖い生き物である。

不快な思いをされる方もいらっしゃるかもしれない。しかしこれが現実なのだ。

これが人間なのだ。

 

※この話の続き

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健吾からのラインを開いたとき。画像を見た時、直ぐには意味が理解できなかった。

三回読み込んでやっと事の重大性に気づいた。

まさか、まさかだろ・・・こんなこと現実に起こることなのかよ・・・

健吾から送られてきた画像はあまりにも突飛すぎて、現実離れしていて。

「こ、これ何?」

僕はこれしか言葉を返せなかった。

 

 

 

僕がラインを見て凝視して、三度も読み返して目が携帯から離せなくなっている時、健吾は焼き鳥を注文していた。

ネギ間、せせり、やげん軟骨、レバー、シイタケ・・・注文が続いていく。

おい!もう食べれないぞ!と言おうとして僕が携帯から顔を上げた時、「全部塩で」と店員に伝え終わった健吾は「悪いけど今日は割り勘でいいか?」と僕の方を向いた。

 

割り勘で構わないし、いつも割り勘じゃないか。なんでそんなこと聞くんだよ。

あぁ、そっか。今日は自分の為に、相談をするために飲みに来たから気を使ってくれたのかな。

 

「そんなことどうでもいいけいど、これ何?」

僕はもう一度健吾に質問した。僕の質問が聞こえているのかいないのか。健吾はまた店員を呼び止め、今度はメガハイボールを二つ注文する。そして左を向いて窓の外を眺めた。

 

健吾が見ている窓の外には何も見えない。店内が明るすぎてガラスに反射して、外から入ってくる弱い明かりはかき消されている。僕も健吾の顔が向いている方を見てみたが、僕たちの頭の上に吊るされたチョウチン型の照明が鏡のように写っているだけだった。

窓の方を向いたまま健吾は「早苗には出ていけと伝えてある。もう離婚は確定なんだ」と言った。

何だか話の方向が変わってきた。

元はと言えば健吾の浮気が発端で、そこから束縛し合い二人の関係性が悪化。妊娠中の健吾の不倫を機に夫婦仲は冷めきり現在は家庭内別居状態。

早苗と健吾のここまでの話をまとめるとこのようになる。過失は健吾にある。それなのになぜ健吾は早苗に出ていけといったのか。なぜ離婚は確定なのか。

 

時間は間もなく21時にさしかかろうとしている。店内にはまだ客が多く賑わいは収まりそうにない。店内のガヤガヤした音は今日の僕たちにとって都合がいい状態だった。

メガハイボールを二人して受け取ったタイミングで健吾はまた話し始めた。

 

「早苗さ、ずっと不倫してるんだ」

健吾の言葉の意味する『不倫』とは僕の定義と一致するのか分からないが、とにかく早苗は健吾以外の男と大人の遊び以上の関係を持っていると理解した。

 

健吾曰く、どうやら早苗は結婚当初から男遊びが好きで、健吾の目を盗み、騙し不貞行為を繰り返していたようだ。発覚するたび喧嘩し、和解し二人で歩むことを約束してきた。なぜ健吾は和解できたのか?それはやはり自分の浮気と不倫があったから。早苗の不貞が発覚するたび早苗は、「あなたが悪い」とその都度健吾の過去を責めた。「仕返し」だと言った。「妊娠中の不倫なんて最低だ」と言った。そうなると健吾は黙るしかなかった。

ここ数年、家庭は荒れている。このような状況になってきたとき、二人を案じてなのかさらに悪化させたいのかその意図は分からないが、早苗の行いが健吾に伝わるようになってきた。早苗の周囲の人間から。早苗の不貞行為は健吾に発覚した事柄より多かった。

自分の束縛を取り去ろうと、過去を反省し真面目に生きてきた健吾。友達もいなくなり家庭に閉じ込められてもなお、さらに家庭を大事にしてきた健吾。早苗を信用してきた健吾。でも実のところ不貞を繰り返していたのは早苗の方だったのだ。

 

 

人を疑うのは、自分の心にやましい事が浮かぶから。自分が勝手にやましい事を思いついてそれをパートナーがやっているんじゃないかと不安になるから。やましい事を思いつくというのは、自分に欲望があるからなのだ。

早苗の執拗なまでの健吾への疑いはまさにこれ。早苗自身やましいことをしていたので、健吾も同じなのだろうと想像していた。

 

 

「お待たせしました!」と店員の明るい声が場違いで。。。

長い長方形の皿に塩が振られた焼き鳥が並んでいる。僕はタレ派なんだけどな。そう健吾に伝えると、「それは邪道だ」と言われた。

 

他人事だが健吾がいたたまれなくなってきた。自分だったらと、想像するのも怖い。

「さっきの写真さ、mixiのメッセージなんだよ」

そう言ってあの驚愕の画像の解説が始まった。

 

6年前、早苗と健吾は初めてご両家を巻き込んだ大喧嘩をした。その時早苗は子供を置いて家を出て行った。もちろん早苗には行く当てがあったということだ。この時健吾の不倫などが両家の両親に伝わることになる。頭が上がらなくなった健吾は早苗の不貞のことは口にせず、自分の過去の過ちだけをひたすら謝罪した。この時早苗にも健吾にも離婚の意思はなかった。だから「あとは二人で」とご両親たちの言葉を頂いたとき、早苗との関係修復の為、健吾は邁進する。

幼い子供たちが残された家庭を健吾は一人で家事をこなし仕事をし、早苗を待った。

一か月程度の期間であったが、それは健吾にとって途方もなく長い時間に感じられた。

携帯にも出ない早苗のことが心配になり、ずっと昔に使っていたmixi経由で早苗の友達にメッセージを送った。少しだけ家庭の事情を説明した。じゃないと早苗の味方であるはずの友達は教えてくれないと思ったから。だって完全に健吾が悪者扱いされているだろうから。

そんなに深くまで説明していないはずの健吾のメッセージに早苗の友達は何を勘違いしたのか驚愕の内容が返ってくる。その返信で健吾は、驚愕の情報に触れる。

 

 

 

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早苗には仲良し四人組がいる。その中の一人とメッセージをした。その返信の一部がこれ。最近早苗と女子会を開いたときのことのようだ。

 

寝耳に水である。そんなことがあったなんて知りもしない健吾。

このメッセージを読んだ健吾は体の震えが止まらなくなったそうだ。職場のディスクで昼食をとっていた手が止まり、震える体を押さえて、訳も分からず車に乗って会社を出て、近くのコンビニで気持ちが落ちつくまでじっと時間が過ぎるのを待った。

 

 

 

この日を境に健吾の気持ちは変わった。早苗が家庭に復帰してからも離婚を前提に早苗に接するようになる。

自分の過去の不貞のせいで早苗との関係が悪化していると思っていた健吾の気持ちは一変した。自分の家庭が荒れている根本原因は自分だと思っていた健吾の気持ちは変わった。いつまでも過去の過ちを責め続ける早苗に、そのことを理由に仕返しだといって不貞を繰り返す早苗に諦めが付いた。

健吾の早苗に対する愛は消えた。

 

関係修復を目標にしていた健吾の態度が一変したことに気づいた早苗は歩み寄りを見せてきたが、時すでに遅し。

 

 

 

あの日から6年。

あのメッセージから6年経過する間に健吾は着実に離婚に向けて準備を進めてきた。そして今この時、準備は整った。

親権を早苗に渡す気は無い。これからきっと早苗と健吾は裁判になる。とても協議離婚で納まる内容じゃないから。

 

 

 

早苗はメッセージを知らない。

健吾の『墓場まで持っていく話』が公衆の面前で表ざたにならないことを祈る。

 

 

 

おわり

※あとがきに続く

 

 

 

少しでも誰かの心に響けたら!!

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

墓場まで持っていく話を聞いたら吐き気がした【夫編】 第五話

「そもそも俺たちは、ずっと前から破綻していたんだ」

「結婚なんて出来る関係じゃなかった・・・」

 

僕の顔を見ていた健吾は再び目線をテーブルに落とした。

僕の後ろに座っている隣の席の客の笑い声が下品で僕は健吾から目線を外し、少し振り返った。小さく舌打ちして直ぐに向き直ったとき、そこには涙をこらえている健吾がいた。

 

 ※この話の続き

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「今の早苗は、俺の知っている女じゃない」

「優しかった早苗はもういない」

 

話が飛ぶ。目の前に僕がいるのに健吾は、独り言を言っているかのように何個か言葉を吐き出した。

まだビールは二杯目だ。酔っている訳じゃない。だから心配になった。これはかなりヤバいと思った。今の健吾は精神的に弱っている。間違いなく。

早苗の束縛のせいで健吾は多くの友達を失った。だからきっと相談する人さえいなかったんだと思う。まして家庭の事情なんてそうとう信用のおける人にしか話すことはできない。人は他人の不幸をどこか、喜ぶ癖があるようだ。簡単に他人に家庭の事情なんて話せるもんじゃない。

幸いにも僕はそのような人種じゃない。気が済むまで話してほしい。健吾の不幸は密の味じゃない。健吾の顔を見ているだけで、その雰囲気だけで心が痛む。離婚に悩むってことは身を切るような痛みと苦痛を伴う。僕は経験者だ。だから、だらか役にたてることがあるなら、何でも言ってほしい。

今の僕にできる事。それは健吾の話を全部聞いてあげる事。健吾の体の中に溜まったモヤモヤを全て外に吐き出させてあげること。

 

「ちょっと落ち着こうか」

僕はそう言って、ウーロンハイを二つ注文した。

いつの間にか来ていた馬刺しユッケをチビリと食べている健吾。枝豆を口に運ぶ健吾。それを最後のビールで流し込む健吾。

僕らは少しの間、無言だった。周囲はガヤガヤと賑わっていて、みんな幸せそうで。

斜め前に座るカップル。互いに歯を見せ合って笑っている。

どこからか聞こえる子供のはしゃぐ声。手際よく働く店員の姿。店内の照明の白い光さえ世界の『幸せ』を作り上げている一部のように見える。

離婚してしまった僕。離婚しようとしている健吾。この二人にはなんだか場違いな場所のように感じられた。

 

 

店員が運んできたウーロンハイを健吾は直接受け取った。ちょこんとお礼の会釈してそのまま一口飲んだ。

どこかで見た光景。すぐに思い出した。先日の早苗だ。

駅前のチェーン店の居酒屋で早苗も同じことをしていた。別に珍しい行為ではないが、なんだか似たもの夫婦って感じがして、離婚話の時だからこそ、なんだか切なかった。

 

 

 ここから健吾の話がノンストップで30分ぐらい続いた。

 

結婚前に自分が浮気をしたこと。その行為に早苗は浮気して仕返ししたこと。

そこから互いに信用できなくなり、束縛し合ったこと。

束縛し合っているうちに、自分の行動を制限されていることが辛くなった。

もっと自由に行動したい。友達と遊びたい。気兼ねなく仕事をしたい。必要な残業だって飲み会だってある。もう浮気なんてするつもりも無いのだからそのことを分かってもらいたい。

とにかく健吾は不自由だった。何をするにもどこに行くにも早苗に報告し許可を取っていたから。挙句の果てには電話攻撃で逐一行動をチェックされる。

一緒にいる人に対してとても恥ずかしかった。もうこんなことは止めて欲しい。

自由に楽しく信頼関係をもって早苗と生きてゆきたい。

互いに束縛し合っていく中で健吾はそう思うようになった。だから健吾は早苗に対する束縛を止めた。

早苗が出かけても電話もせず何をやってきたかも質問はせず、「お帰り。楽しかった?」と普通に接し、早苗が出かけても疑いや嫉妬のないことを行動で伝え続けた。そうしていればいつか早苗も自分に対して同じようにしてくれると思った。自由に人間らしい行動ができる楽しさや気楽さを知ってもらえば、早苗の凝り固まった考えも変わってくるだろうと。

 

そうしているうちに長女の妊娠を迎える。これ以前から早苗は友達と出かける事が多かった。そのことを微笑ましく感じていた健吾。『もう俺は疑ったりしていないよ』と行動で伝え続けた。妊娠中に朝帰りすることもあった早苗だが。そのことにだって文句も言わなかった。しかし早苗の束縛は一向に終わることが無かった。

『自分だけ・・・』いつしか健吾はそう思うようになる。早苗だけ自由に気ままに出かける。自分には友達すらいなくなってしまった。

このとき早苗とよく遊んでいたのが後に、健吾の不倫相手になる女性だ。

早苗に怒りさえ感じていた時期に健吾は理想の女性に出会った。やがて健吾の心は徐々にその女性に惹かれていく。

そして仕事の飲み会の途中。早苗からの束縛電話に対応しようとトイレに向かった先で健吾は、早苗の友達であり理想の女性である人とばったり鉢合わせすることになった。

 

 

ここまで一気に話した健吾は、ウーロンハイを全て飲み干した。

正直言ってくだらないなと思った。言葉には出さなかったけどね。

男と女の間にある空気みたいなものは、その二人にしか分からない歴史から作られていて、それが夫婦ともなると生活も伴い独特の関係性に発展していく。犬も食わない夫婦喧嘩も他人から見れば笑いごとだが、当事者にとっては真剣な争い事なのだ。

 

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このお店に来て1時間ぐらいは経過しただろうか。僕はあることに気づいた。

焼き鳥が無いのだ。焼き鳥屋に来たというのに一本も注文していない。

はて、、、この状況で『焼き鳥』というポップな響きの食べ物を注文していいものか。

健吾に「焼き鳥、何にする?」なんて聞いていいものか。。。

 

健吾の話がくだらなすぎて、さっきまで心配していた僕の頭の中に【焼き鳥】という邪念が入り込んできた。

 

焼き鳥の種類を確認するためにメニューに手を伸ばそうとしたとき、「ちょっとこれ見てくれよ」と健吾が僕にラインを飛ばしてきた。

 

そこには驚愕の画像が貼られていた。

 

つづく

 

 

 

少しでも誰かの心に響けたら!!

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墓場まで持っていく話を聞いたら吐き気がした【夫編】 第四話

 「お前、、、何やってんの」

僕は座りながら健吾にそう言った。

チラッと僕の目を見た健吾はすぐに視線を外し、テーブルの真ん中あたりを真顔で見つめている。

 

 

早苗と会った時から日を置かずに健吾に連絡した僕はその週末、家の近くの焼き鳥屋で健吾と会った。

 

 

※この話の続き

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 「お車でお越しのかたはいらっしゃいますか?」

お通しのおしぼりを配りながら店員が僕たちに尋ねる。

 

 

僕はこの焼鳥屋を頻繁に利用している。

家の近くということもあり、自転車か徒歩で来ることができる。代行を呼ぶ必要がないので節約になるし、それなりに賑わっていて会話に聞き耳たてられたとしても聞こえない。

年中提供されるお通しの枝豆は、何度注文しても無料という、酒好きには嬉しいシステムもある。

僕はこのお店をとても気に入っている。

 

 

 

健吾も僕も今日は自転車で来ていた。

そのむねを店員に伝えると『今日も一日お疲れさまでした』と書かれたコースターが配られた。

もし車で来ていた場合には『代行車を利用します』のコースターが配られる。

飲酒運転撲滅に一役かおうとするお店の姿勢が素晴らしいし何より、そのような行為に対して注意喚起することで、お客さんを守ろうとしているお店側の心配りが嬉しい。

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僕たちはとりあえずビールを注文しお通しの枝豆に手をつけながらメニューを眺めていた。

 

「離婚するから」

メニューで顔が隠れた後ろから健吾の声がした。

早苗のあの話を聞いた後だ。別に驚くような言葉ではなかった。

結婚式に招待した人を目の前に気まずく思ったのか、それともただ食べ物を選んでいるのか分からないが、健吾はメニューで顔をかくしたまま続ける。

「これはさ、俺だけが悪いんじゃない。早苗もかなり悪いんだ」

 

「不倫したのは健吾なんだろ?しかも妊娠中に。それ、酷いだろ」

 

ビールを待っている間、僕と健吾のこんな会話が続いた。

 

僕たちの会話を割くように、「お待たせしました」と店員がビールを運んできた。

 乾杯はしなかった。グラスを合わせることはしなかった。めでたい話しじゃないからね。

お互いに一気に半分飲みほした。唇の周りについたであろう泡を僕は、手の甲で拭いた。

「言い訳聞くから話してよ」

そう僕が促すとため息をつきながら健吾は事の流れを話し出した。

 

 

 長女の妊娠が分かった時を同じくして健吾は、ある女性に出会った。

それはとてもとても綺麗な人だったそうだ。

健吾はその女性と何度も遭遇した。会うたびに彼女はフレンドリーに健吾と話をした。それもそのはず。その女性は早苗の友達。

 

早苗の強烈な束縛に辟易していた健吾は少しずつ心に隙間ができ、その隙間に早苗の友達が入り込んでくるようになった。

彼女は独身。話題の豊富さや冗談のツボも合い。話していてとても楽しい。そのうえ容姿も健吾の好みバッチリで生活感溢れる早苗とは違い、キラキラと輝いて見えた。

 

 

そんなあるとき、仕事の飲み会に参加していた健吾は、店のトイレでばったり早苗の友達と鉢合わせした。

胸ポケットの携帯は早苗からのいつもの疑いと束縛の着信が震えている。その着信に出ようとトイレに立った時の鉢合わせだった。

たった一度の浮気を悔い改め健吾は、早苗の信頼を取り戻そうと一生懸命生きてきた。本当に真面目に生きてきた。

今だって仕事の最中だというのに律儀に早苗に対応しようと席を立ったところだ。同席している人たちに不快な思いをさせないようにとの気遣いもある。

飲みの席で嫁さんから電話が来たなんて、恥ずかしくて言えたもんじゃない。

 

健吾にはこんなことが何度も続いていた。どんなに頑張ろうとも、どんなに年数が経とうとも一向に早苗は健吾を信頼することはなかった。健吾は早苗にいい加減うんざりしていた。

目の前にはとてもとても綺麗な女性がいる。キラキラと輝く女性がいる。

冗談だった。冗談のつもりだった。

健吾はばったり遭遇した早苗の友達に「今度二人で飲みに行かないか」と誘いの言葉を投げていた。自分は酒が入っている。冗談だって!が十分に通用する場面だ。

驚くことに返答は「OK」

そこから健吾の不倫は始まった。

 

 

ここまで黙って聞いていた僕は呆れてしまった。健吾と早苗の友達に。

健吾のグラスも確認しないでビールを追加した。自分の分だけ。

確かに恋愛にルールは無い。男と女が出会った時、そのこに何かの引力がはたらいて猛烈に惹かれ合うことはあるのかもしれない。その引力がなんなのか。そんなものは誰にも分からない。だから恋愛にルールは無いのかもしれない。

しかし、ルールは無いがモラルは必要。まして健吾は既婚者。自分の立場を考えれば、妻以外の女性を好きになるという行為がどんなに危険なものなのか、考えなくても分かる。

確かに健吾の気持ちは分かる。そりゃ僕だって男だもの。タイプの女性が身近に存在したなら、いたずら心が湧かないとは言い切れない。でもそれはあくまでも自分の心の中だけの事。実際に行動するなんて出来っこないし、しようとも思わない。パートナーを裏切るということもあるが、家庭崩壊というリスクは一時の火遊びには大きすぎる。

 

早苗も早苗である。いい加減に健吾を信頼してあげればいいものを、執拗に健吾を束縛するその様は、一種異様さを感じさせる。しかしそれは、裏切られた人にしか分からない心の傷であるかもしれないし、または健吾を愛する気持ちからなのかもしれない。

 

 

健吾が話す不倫の話はもう既に何年も前のこと。僕は呆れはしたが、割と冷静に聞いていることができた。

「もうその女性とは終わったんだろ?」そう尋ねる。

 

数か月付き合って別れたそうだ。これは男性あるあるかもしれないが、健吾の方が本気になり真剣に離婚を考えた。離婚を行動で示そうとした矢先、不倫相手の女性は引いた。行動に示すとはつまり、早苗に離婚を切り出したのだ。長女が生まれてまだ3か月も経っていなかったという。

 

「離婚はその前から考えていた。どうにかしてこの不自由な環境を変えたいと思っていた」

健吾には早苗に対する不満がいくらでもあった。離婚したいという言い訳はなんとでもなった。

確かに健吾の気持ちは分かる。健吾の行動にいちいち不安になり疑わなければならないなら、そもそも健吾と結婚なんてしなければいいのだ。健吾が浮気をしたのはまだ付き合っている時だ。そんなに疑わしい相手なら結婚などしなければよかったのだ。

 

離婚は不倫する前から考えていたという健吾の気持ちは分からなくもない。

 

 

「確かに早苗の束縛は異常だからな・・・・」

僕用に運ばれてきたビールを受け取りながら、健吾の分も注文してやった。

健吾は早苗のせいで友達を沢山失ってきた。友達づきあいは特に早苗の疑いを強めたから。『外で何やってるか分かったもんじゃない』これが早苗の口癖だ。

僕が遊びに行ったとき、冗談なのか本気なのか分からないテンションでそう言っていたから。

 

意外に早く健吾のビールが到着。

「あのさ」と言って健吾はビールを一気に飲んだ。今到着したばかりのビールは、残り四分の一を残してテーブルにそっと置かれた。

座りなおした健吾の顔はとても真っすぐな目が付いていて。ちょっと怒っているようなもしくは、泣くのをこらえているような、そんな表情だった。

 

「この話は墓場まで持っていこうと思ってたんだけど」

 

テーブルの上に両腕を組み、肘に体重を乗せ前のめりになり、何故だか背筋を伸ばした健吾はそのまま淡々と語りだした。

 

 

 

僕は科学的思考の人間だから、元来お化けの類は信じていないし怖くも無い。

だって僕は知っている。お化けなどより人間の方がよほど冷酷で恐ろしい生き物であることを。

健吾の話はまさにその証明だった。

 

 

 

つづく

 

 

 

少しでも誰かの心に響けたら!!

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墓場まで持っていく話を聞いたら吐き気がした【妻編】 第三話

 正確には『まだ』と付いていたはずだ。

『まだ健吾のことが好きなの』

僕には完全に夫婦関係が破綻しているように思える内容だった。しかしまだ早苗の中には健吾に対する想いが残っているという。

 

※この話の続き

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「は?」

思わず僕はそう発していた。ここまで破綻した、破綻しているようにしか感じられない関係においてまだ、相手に対して気持ちがあるという意味なのか。

 

 

 

「どういう意味なの?」

今度はちゃんとした質問の形になった言葉を伝えた。伝えたつもりだった。

でも早苗が話し始めたことは、はたして僕の質問に答えたことになるのだろうか。

 

 

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窓の方を向いていた早苗は、運ばれてきた新たな烏龍茶を直接手で受け取り、店員に小さくお礼の会釈をし、直ぐに二口飲んだ。

目の前にあるポテトフライをつまみ、添えられてあるケチャップをディップし口に運んだ。

おちょぼ口で取り込み咀嚼している様を僕は見つめている。

 

改めてまじまじと早苗を見ると、やはり昔より老けていた。

最近メガネを新調した僕の視界は良好で、早苗の目尻の小じわや、老い特有の口元のしわまで見える。

 

僕と同じ歳の早苗。今年で43歳になる。

目の前にいる早苗の容姿が年相応のものなのか僕には分からない。

しかしながらギリギリ保ってるっていう感じがした。きっと髪が綺麗だからだろう。

真っ直ぐでツルンとしてて、キューティクルだっけ?とにかく光を反射していて凄く綺麗に見えた。

髪の毛一つで印象は違う。

良く手入れしているんだろうな。失礼だが近所で見かける奥さんたちとは全く違う印象を早苗に持った。

 

 

 

「健吾の浮気はこれが初めてじゃないんだ」

口に入れたポテトフライが無くなったのか、もしくは最後を流し込むためか、烏龍茶を一口飲んで、そのグラスを見つめたまま早苗はそう言った。

 

 

『浮気』と『不倫』

どちらかが、若しくはどちらも既婚者で『本気』になったら『不倫』であり、既婚、未婚問わず、遊びでパートナーを裏切ったら『浮気』という認識を僕は持っている。

きっとこの僕の認識は一般的なものとは違うのかもしれないが、その事を早苗に問うのは止めておいた。

 

 

 

グラスを見つめたままの早苗の話は、そのまま続いた。

 

地元を離れ就職した健吾。示しを合わせたように早苗も同じ町に就職することになった。

二人の間では、冗談混じりに同棲の話題もあったのそうだが、それは若い恋の最中の甘い甘い冗談で終わった。

準備も含め少し先に健吾は新しい街に住み始めた。一週間後に早苗も、自分のアパートに引っ越した。そのわずか一週間の間。その間に健吾は浮気をし発覚した。

 

「凄くショックでね。だから仕返ししちゃった」

 

『仕返し』の中身は聞かないでおいた。

「仕返ししちゃった」と言った時の早苗の笑顔が怖かったから。

少なくとも僕には『ショックで』仕返しした人の笑顔には見えなかった。

自分の行動を恥じた『はにかみ』ではなく、若気の至りと好奇心輝くキラリと光る笑顔のように僕には見えたから。

 

 

 

その時、浮気をした健吾は泣きながら謝罪し、早苗の仕返しを聞いてもなお、健吾は別れを切り出さなかったそうだ。もちろん早苗も別れるつもりなどなかったようだし。

 

その後、その事件の後、二人の愛は深まった。

早苗はそう言った。どんなことがあっても離れることはできないのだと、確かめ合うことができた出来事だったそうだ。

 

 

 

早苗の言う『愛』は歪んでいる。

僕は知っている。健吾の浮気の事じゃなく早苗の健吾に対する仕打ちを。

健吾に対する愛とう言葉でカモフラージュした『疑い』や『嫉妬』を。

 

 

 

 

早苗は健吾を監視していた。見えない時間まで把握しようとした。

確かに健吾が浮気をした事が原因なのだと思うし、そう思いたいのだが、早苗のそれは酷かった。

 

 

まだ健吾が独身の時。

健吾と飲んでいると決まって早苗から電話が来る。何やら申し訳なさそうに会話している健吾。

「いつ帰ってくるの?」

「いま、何やってるの?」

そんな事を聞かれるそうだ。

 

 

誤解しないでいただきたいのだが、男は自分の彼女や妻のことを外部に対して悪口を言ったりしない。少なくとも僕の回りの男性はそうだ。

 

 

何度か健吾と飲んでるうちに、あまりにも頻繁に繰り返し電話をよこす早苗の様を見て、健吾に僕が問い詰めて、やっと聞き出した事である。

 

 

結婚してからもそんな早苗の行動は変わらなかった。

仕事の接待で同行し飲み会に参加している健吾に対しても、何度も電話をかけ、決まって「いつ帰ってくるの?」という質問をぶつけるようだった。

 

健吾は徐々に付き合いが悪くっていった。

仕事の飲み会はどうだか知らないが、年数を経るごとに僕の誘いを断る頻度が増し、そして同じ町に住み、何時でもどこでも会える環境にあるはずの僕との付き合いも、年に一度がやっと。

やがて健吾は家庭に閉じ込められた。僕はそう感じていた。

 

 

 

 

過去の浮気の話をして、当時の感情を思い出したのか、はたまた連鎖的に不倫のことまで思い出しているのか分からないが、早苗は少し興奮していた。

その勢いのまま「私は離婚はしたくない」「だって大変なんでしょう?」

 

僕はこの質問に違和感を感じた。

 「健吾のことが好き」と言った割に、大変だから離婚したくないとも捉えられる表現。

とりあえず僕はその違和感を飲み込んで、離婚についての『大変』を経験した者として早苗に伝えた。

物理的に一番やっかいなのは、連帯債務になっている住宅ローンだ。そして最も重要なのは子供のへの影響。金銭的に精神的に。その未来に。

それ以外の本人や周囲の大人たちのことなどどうでもいい。身から出た錆。それ以上語ることは無い。離婚した本人たちが背負って生きていけばいい。迷惑をかけた全ての人の為に。

 

 

離婚についての具体的な話を聞いている割に、ポカンとしている早苗。

目の前の料理を食べながら聞いている早苗。

何度かスマホをチェックして、何やら返信していることまであった。

またしても違和感を感じた。だから言った。感じたことをそのままに。

 

「今日の話って結局何の話しなの?」

 

もういい時間だ。十年以上愛用している僕の腕時計は23時になろうとしていた。

会った時は神妙な雰囲気だった早苗の今は、4時間近くも経過して『普通』になっていた。まるでただ友達と食事をしにきた人のようだ。

 

確かに長い時間を使って言葉として他人に、自分の悩みを体外に発散し心が軽くなったからかもしれないし、さらには僕が共犯者じゃないってことを僕を見て理解できたからなのかもしれないし、本当のところは分からない。でも目の前にいる早苗はどこか軽やかに見えた。

 

「健吾の本心が知りたいの」

早苗はそう言って僕の目を見た。

三つ目の違和感だ。本心?本心ってなんだ?

 

 

今日僕に会い、現在の家庭の状態を伝え相談したことは健吾に伝える。だから近いうちに健吾から本心を聞いてほしいとのことだった。

健吾が今後どうするつもりなのか聞き出せってことんだろう。

現状をどのように捉えているのか気持ちを聞き出してほしいってことなんだろう。

とりあえず僕は早苗の申し出を、三つ目の違和感をそのように解釈することにした。

 

まぁ確かに現状の早苗と健吾は停滞している。感情や意地がぶつかり合い後にも先にも進めない状態。

僕にもあったからね。そんなときが。

 

 

 

 

ちょろちょろ頼み、ダラダラ食べて、ちびちび飲んだ会計は大したものじゃなくて。

見栄っ張りの僕は早苗がトイレに立ったすきに会計を済ませた。

 

 

申し訳なさそうにお礼を言ってくれた早苗は、なんだろ、、、時間帯のせいなのかとても艶っぽく見えて、一瞬友達の奥さんだってことを忘れそうになった。

 

階段を下りて店の外に出る。

目の前にはタクシーと代行車が並んでいる。駅前だというのにこの街は賑わいが無い。

ハザードランプの光が建物と僕たちを点滅させていた。

「こんな時間までごめんなさい」

そう言って早苗は僕とは反対方向へ去っていく。

歩道を歩く早苗には、一方通行と対行しているせいでヘッドライトが当たっている。

背中が黒く影になり体の輪郭が光の筋で浮かび上がっている。

停めているはずの駐車場への曲がり角を無視して直進していく早苗に対する四つ目の違和感はもう無視して僕は代行に声をかけた。

 

 

 

 

【妻編】おしまい

次は【夫編】第四話へつづく

 

 

 

少しでも誰かの心に響けたら!!

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墓場まで持っていく話を聞いたら吐き気がした【妻編】 第二話

徐々に話し始めた早苗。

穏やかだった口調も時間と共に崩れ始め、ときおり憎しみを込め、時には悲しさを含み、自分の身に起きた出来事を語り、被害者であることを訴え続けた。

 

 ※この話の続き

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「健吾ね、不倫してたんです。知ってた?」

早苗の烏龍茶のグラスには結露した雫が付いている。敷かれたコースターはまだ濡れていな。

飲み物が運ばれ互いに一口飲んで、話を促してまだほとんど時間は経過していない。

結露した雫が垂れる間もなくいきなり結論めいた話をしてきたのだ。

 

先ほど僕に向けてきたキツい目の意味の一つが分かった。

『共犯』

そう、僕は疑われていた。健吾と飲みに出かける仲だ。疑えばきりがない。

たとえばこうだ。

健吾は僕と飲みに行くと言って出かける。しかし実際は僕とは会っていない。連絡が取れなくなった場合のアリバイ工作として、早苗が僕に電話をよこしたとき、「また酔いつぶれた。一緒にいる。いまから連れて帰る」と口裏を合わせたり。

 

またはこうだ。

家族というものがありながら、恋に落ち不倫関係になってしまったことの相談を受けていたんじゃないのか。

 

 

女性という生き物はとにかく感がはたらく。恐ろしいほどに。

かつて結婚していた僕はその超能力とも思われる女性の感に驚愕し、ときには頭を下げ謝罪をした。何で分かるんだ!

些細な仕草や言葉や行動の変化を彼女たちは見ている。感じている。

 

しかし今回は残念なことに早苗の感は外れていた。僕は共犯者じゃない。

 

「マジで?そんなの知らないよ。本当に初めて知ったぞ」

 

 

早苗はびくともしない。想定の範囲内の返答だからだ。まぁたしかにこんな質問をされた一発目で、はい、知ってました!と快く答える人間はいないだろう。

 

 

僕の顔を正面に捉えながら早苗の話は続いた。

今からちょうど10年前。早苗と健吾に長女が産まれようとしているとき。健吾は不倫をしていた。要するに早苗のお腹に赤ちゃんがいるその最中ということだ。

妊娠中、健吾の行動が怪しくなった。まさかとは思ったものの、その行動はエスカレートし出産後間もなく問い詰めると健吾はあっさりと不倫の事実を認めた。

相手の女性と話し合いまた、健吾とも話し合った末、結婚生活を継続することを決めた。

しかし早苗にとってそれは、地獄の日々だった。

裏切られたという怒り。それが妊娠中だったという憤りと悲しみ。

いっそのこと離婚してしまえばどんなに楽だったか。

 

離婚を選択するという葛藤はいつまでも続いた。健吾に対する怒りや悲しみが、忘れようにも忘れられない『不倫』『裏切り』という事実が早苗の心と頭から消えることがなかったから。

 

 きっとこの時期だ。僕に何度か健吾の所在を聞く電話をよこしたのは。

まさかあの時、健吾たちにそんなことが起きていたなんて・・・

 

 

『全ては子供たちのため』

夫婦の再スタートを決めたとき、早苗は子供たちのことを一番に想い全てを水に流すつもりだった。自分さえ我慢すれば家庭は上手くいく。またあの平凡で幸せな日々を取り戻せる。そう思った。

しかし人間の感情とはそんなに簡単なものじゃない。自分の力で頭の中から記憶を消すことなど出来るわけがない。吹き上がる感情に蓋などできやしない。

健吾に対する想いはいつしか憎しみに変わった。

 

冷え込んだ夫婦関係は、次ぎにヒートアップする。

健吾の些細な言動が気にさわり、小さな失敗でさえ許すことができず、イライラを募らせた早苗は健吾に当たり散らすようになった。そして喧嘩になりその最後は必ずあの不倫の話をぶり返した。

 

不倫の話になると健吾は口を紡ぐ。

反論できるわけなど無いのだから。そうなった健吾を見ると早苗には更なる怒りが沸いてきて自分のコントロールを失うのだという。

 

 

全ては子供たちのため

 

 

早苗の話の合間あいまにこの言葉が登場した。

気持ちは分かる。痛いほどに。僕もその事でどれだけ悩んだか。苦しんだか。

『自分さえ我慢すれば』

早苗の口から出てきたそのとき、僕は泣きそうになった。自分さえ我慢すれば。

僕は何度このことを自分に言い聞かせてきたか。

 

 

 

 

喧嘩が絶えない日々が続いた。

怯える子供たちを目の前にしても早苗はヒートアップした感情を抑えることが出来なかった。

そんなあるときの喧嘩の最中。

両親が喧嘩している姿に耐えられなくなった4歳の長女が泣きながら「ごめんなさい。ごめんなさい。」そう言って止まらなくなった。

驚いた早苗がかけよりなだめたが幼い、幼すぎる長女の罪の無い謝罪はしばらく止むことはなかった。

喧嘩するお父さんとお母さんを何とかしようと、この場を何とか納めようと小さな子供が思い付いたのが、謝り続けることだったのかもしれない。

 

「全部俺が悪い。申し訳ない。」

 

健吾はそう言って家をを出ていった。

そのとき早苗はこう思ったという。

『死ねばいいのに』

自分でも驚いた。そんな感情を自分が健吾に対して思うとは。

早苗の中に自然に沸き上がってきたその感情を認識したとき『終わったな』と思ったらしい。

高校生のころから始まった早苗と健吾の物語は、あのキラキラしたドキドキしたあの日々や、愛しくて苦しくて胸が張り裂けそうだった気持ちが今、終わった。

 

 

その日から早苗と健吾の本当の地獄が始まる。

家の外では『仮面夫婦』

家の中では子供のことのみを共同で行う『家庭内別居』

会話など無い。子供と生活にまつわる事務的な伝達事項のみを残し、二人から会話が消えた。

 

 

 

お分かりだろうか。これは地獄である。

憎しみと怒りと嫌悪感だけが充満した一つ屋根の下。姿さえ目ざわりな他人と一緒に暮らすのだ。

 

 

学校行事でしかたなく連れ添うときには外部に対して笑顔で接し、しかし互いの腹の中はムカつきと憎しみで満タン状態。

行事を終えた帰路。車内ではまたあの沈黙が始まる。

 

 

「子供たちは?子供たちは大丈夫なのか?」

 

早苗の話は、あまりにもドロドロで、あまりにも悲惨で。

僕は生ゴミを思い出していた。

キッチンの流しの隅にある三角のネットが掛けられたやつ。

色んな食べ物の残骸が混ざり異臭を放つあの映像だ。

僕は早苗の話を聞きながら、楽しかったであろう思い出と現在の悲惨さがごちゃ混ぜになった早苗の感情を想像した。

まだ食べれるのに余ったからと廃棄した瞬間それは、生ごみに変わる。

早苗と健吾は一人の人生としては新鮮であるはずの時間を捨てている。それは瞬時に異臭を放つ生ごみに変わる。

 

 

 

思い出した映像のせいなのか、僕は少し気持ち悪くなっていた。そして一番の気がかりである子供たちのことを思った。

 

現在は小5と中2のはずだ。あの長女には兄がいる。

小さなころから両親の喧嘩ばかりを目にして生きてきた子供の精神的ダメージは、そんな環境で生きてきた僕にしか分からないだろう。

 

絶対に分からない。早苗も健吾も。

 

子供たちの状態を質問した僕への返答は無難なものだった。

「何とか元気にやってるよ」

 

 

確かに子供には親の大変さは分からない。しかし、でも親だって子供の気持ちなど分かるはずもない。『元気』なわけがない。

 

 

 

 

僕は離婚を選択した。自分で考えられる有りとあらゆるものを考え、調べ、そして覚悟を決めた。覚悟を決める思考と感情のほとんどを占めていたのは子供の気持ちと未来への責任のことだった。

 

 

いま早苗は何を思う?何を考え何を決める?

 

 

一通り話を終えた早苗の烏龍茶は二杯目の底をついていた。

早苗は、僕にとって右側。早苗にとっての左側にある窓を、その外を走る車を眺めている。

 

互いに三杯目になる飲み物を注文して僕は適当に並べられた食べ物をつまんだ。

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「んで、どうするつもりなの?」

僕は分かりきった事を早苗に聞いた。答えなど分かっている。

ただ『離婚』という言葉を僕は早苗から、早苗の口から聞きたかった。

他人の僕から切り出す言葉じゃない。アドバイスするほど軽い意味でもない。

いつだって人生の分岐点は自分で決めるものなのだから。

 

 

「健吾のことが好きなの」

 

 

 

 

早苗の口から出てきた返答は僕の予想したものじゃなかった。。。

僕は何も『分かりきって』はいなかった。

 

 

づづく

 

 

 

少しでも誰かの心に響けたら!!

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墓場まで持っていく話を聞いたら吐き気がした【妻編】 第一話

僕はきっと稀な体験をした。

夫婦二人のどちらもからも同じ内容の話を聞いたのだから。

妻、早苗(仮名)。夫、健吾(仮名)。どちらも僕の友達だ。

 

僕に持ち掛けられた『相談』はやはり離婚についてだったし、経験者の僕はきっと二人にとって、各々にとって心強い味方だと思ったのだろう。

 

 

 

 

 

 

着信に気づいたのは仕事も終わった夕方近く。

『夕方』とは何時を指し示す言葉なのだろう。さらには『近く』と付属されている。自分で書いておきながら意味不明ではあるが、それこそ、着信に気づいた僕は『?』と思ったし意味不明であった。

 

早苗(仮名)と知りあったのは高校の時。同じ高校だったのではない。健吾の彼女として紹介されたのがきっかけだ。要するに『友達の彼女』だった。

僕と健吾は大人になってからも親しくて、よく酒を飲んだ。早苗が同席するときもしばしばで、必然的に知り合いから友達みたいになったのだ。

健吾は酒に弱くて、だから彼女である早苗は心配した。連絡が付かなくなることもあるのだから。連絡が付かないのもそうだが、酔いつぶれた健吾は、友達の肩を借りて早苗の待つアパートに帰ってくるときもあり、飲みに出かける健吾への心配は、さらなる心配を生む。

いつだったか「迷惑かけるの申し訳ないから、何かあったら連絡して」と早苗が携帯の番号を教えてくれた。

仕事のストレスを僕にぶちまけた健吾は酔いつぶれ、僕がアパートまで送っていったときのこと。申し訳なさそうにしている早苗と携帯番号を交換した。

 

時を経て『友達の彼女』は『友達の奥さん』になった。

僕とは違い、健吾夫妻は一般的な年齢で結婚し、子供を授かった。

健吾と二人して遊んでいたころとは環境が違う。お互い家庭を持った。

二人して遊ぶことが少なくなり、そしてほぼ無くなった。

今では一年に一度か二度酒の席を共にするぐらい。

 

 

 

当たり前だが、早苗から電話が入ることはほとんどない。二人が結婚する前も、その後も。

そういえばある一時期だけ、健吾の所在を確認する電話が何度かあったな。

 

今回の着信はそれ以来だ。数年前以来。

何かあったのかもしれないと不吉な予感を感じながら僕は久しぶりに早苗に電話した。

病気か?怪我か?まさかそれ以上ってことは無いだろ。

 

「もしもし」と静かに電話に出た早苗。

スタバやファミレスで話すには時間が足りないと言うのだ。とにかく会って話を聞いてほしいというのだ。

僕にも経験がある。ファミレスなどで長話しとなるとせいぜい2時間ぐらいが限界。注文した品をたいらげて飲み物を注文しても、長居するには勇気がいる。どんどんと入れ替わる客。待っている客がいるのに、大した注文もしない客が長居するのは店の迷惑となるし、そのような目線をもらったことがある。

僕はチェーン店の居酒屋を指定した。居酒屋なら問題ない。ちょこちょこと注文し、ダラダラと食べ、ちょびちょびと飲む。そんな場所なんだから。時間を気にせず居座ることができる。

 

その電話から数日後、僕と早苗は初めて二人きりで会った。

バラバラに来て別々の駐車場に停め店の前で待ち合わせをした。何が言いたいかというと、普通に友達としてどうどうと待ち合わせをしたということ。

長話しを聞く絶好の場所は他にもある。『車中』だ。どこかの公園や海岸などがそれ。車を駐車できる場所であればどこだっていい。道の駅なんて最高だろう。トイレがある。絶好の長話しステーションだ。

でもさ、考えてみてよ。男女が車の中で二人きり。おかしいでしょ?怪しいでしょ?

いつ誰がどこで見てるか分からない。便利な世の中だもの、SNSで拡散なんてことになったら、善意の僕に悪意の目が向く。

 

現代の世の中は、人の相談を聞くにも一苦労ってこと。

色々気を使い居酒屋の指定をしたのは僕だし、きっとお酒を飲むのも僕だけで。だからお勘定は僕。他人の相談事を聞くのにも経費が掛かるってわけ。

 

 

 

 

平日の午後7時。空はまだ明るく、車通りの多い道沿いにあるそのチェー店は、系列のお店を併設させて入口が三つもある。

大学生のバイトらしき呼び込みが声を掛けてくる。

早苗より先に付いた僕は、店先に出されているメニューを見ていた。

「お好みのものはありますか?」

何でもいいのだ。目的は食に無い。

断る仕草の意味を込め、ちょこんとしたお辞儀をして、バイト君を退けた時、早苗はやってきた。

久しぶりに見る早苗は年齢より若く見えた。

女性の服装を表現する言葉を僕は持ち合わせていないが、スキニージーンズにカットソーを着て、その上に裾が長めのシャツを合わせている。赤いオールスターのスニーカーがアクセントとなり女性らしさを引き立てていた。

 

 

「すいません」

会うなりそう言って早苗は頭を下げる。

ここではなんだからと、どの店にするか早苗に聞くも、答えは予想通りで「まかせます」とのこと。

何も考えず自分の体に一番近い入口へ向かった。後ろではバイト君の「ありがとうございます。ごゆっくり」の声が聞こえた。

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テーブル席に通された僕たち。

直ぐにお通しが配置され、おしぼりを手渡される。

「とりあえずビール」と店員に注文し早苗を目で促す。

烏龍茶を頼んだ後、早苗は下を向いた。膝の上に抱えたバッグを見つめている。

 

 

絶対離婚の話だなと思った。この重苦しい雰囲気は他に考えようがない。

とりあえず僕は早苗が話し始めるまでじっとしていようと思った。

席の右側には窓がある。建物の二階にあるこの店の窓からは、大通りを一方通行で過ぎ去る車が見える。駅に繋がるこの道は、4車線の一方通行。

薄暗くなりテールランプの赤が目立ち始める時間だ。夜が来る。

 

アラフォー男女が向かい合い座っている。一方の女性が俯き動かない。

さて、飲み物を持ってきた店員は僕らをどのように感じるのだろう。

『訳あり』と思うのかな。それとも何も思わないのだろうか。人の感じ方はそれぞれであり、だからこそ良からぬ『誤解』が生まれる。

 

早苗に会うことになったとき僕は『良からぬ誤解』を一番に気にした。だからこそ、あえて僕はどうどうとオープンに人目に付きやすい店を選んだ。なんなら知り合いにばったり会って声でもかけてもらったほうがよほど気が楽だったかもしれない。

「いや、実はさ・・・・」とか小声で言って正当な理由を世界に発したかった。

 

 

最近テレビでは不倫の話が流れていた。超美人妻を裏切ったお笑い芸人の話題だ。

そんな世の中にありちょっと僕は敏感になっていたのかもしれない。

 

 

店員が飲み物を運んできた。

さてどうするべきか。まさか『乾杯』ではないだろう、どうみても。

目の前に飲み物が置かれても早苗は動かない。

 

マジかよ・・・俺から切り出すのかよ・・・・

 

ちょっとだけ、本当にちょっとだけイラっとした。話があると言ったのは早苗のほうで、僕は聞き役。話してくれなければ聞きようがない。

 

 

「まずさ、一口飲んで落ち着こうよ」

そんな風に声を掛けた。

コクリと頷いた早苗は烏龍茶を一口飲んだ。それを見て僕はビールを流し込む。

中ジョッキを半分飲みほし、その間に僕は覚悟を決めた。

 

いいよ。分かったよ。聞くよ。聞いてやろうじゃないの。

 

 

「何があったの?話してみてよ」そう早苗に声を掛けた。

 

 

「もう家庭がボロボロなんです。どうしてこんなことになったんだろ・・・」

 

敬語を混在させて話した早苗。僕との距離感を見事に表している。

昔は仲よく話していたが、最近ではほとんど会うことが無かった。時を経て距離が遠くなったのだ。

 

けっこう仲が良かったつもりだったから、早苗の『です。』に違和感と寂しさを感じた。友達の奥さんと仲がいいってことは、家族ぐるみってことで、僕が彼らにとって特別な存在であるかのように感じていた。

 

まあ実際、このような場面にお呼ばれされるのだから、僕が『特別な存在』であることは実証されたようなものだが。

 

 

「今は家庭内別居の状態でね、そろそろ先のことを考えないと子供たちが可愛そうで」

 

早苗は何故だかキツい目を僕に向けた。

それは何らかの覚悟をした目にも見えたし、迷っている自分に活を入れているようにも見え、ここから話が続くことを確信した瞬間でもあった。

 

 

この日、僕は4時間にも及ぶ夫婦の物語を聞くことになる。

そしてまた僕は『結婚』に落胆することになる。

 

づづく

 

 

 

少しでも誰かの心に響けたら!!

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

それでも日々は過ぎてゆく

最近の僕は、色んな事を頭の中で考えている。

気付けばもう7月で、相変わらずコロナのニュースがテレビから流れてて。

放置気味のブログも気になっていて。娘の進学や自宅の外壁張替え。複雑な仕事の事。

とにかくいつも何かが頭の中でグルグルと回っている。

 

 

それでも僕は、こんばんわっしょい!こんにちわっしょい!と、昼も夜も楽しく生きていることに変わりはないわけだが、遂に僕に彼女ができたことは追記しておきたい。

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ブログについて一つの目標を定めた

とにかく300記事書こうと思う。なぜ『300』なのか。

特別な理由は無い。

 

まずは300記事で埋める。できることなら中身のある内容としたいのだが、きっと今はそうはいかないはず。

現在の僕のプライオリティを考えた時、ブログは低い位置にある。いろいろやることや考える事の中に確かにブログは存在するのだが、気になる程度にしか心を占領していない。

 

僕が考えている目標とは『中身のある記事だけにする』ということ。

300記事全てを自分が納得する記事で構成させたい。きっとかなりの時間を要することだろう。

まずはとにかく300記事を書き、301記事目を書いたところで、過去の気に食わない記事を一つ消す。検索にまったく引っかかっていない物を消す。

こんな調子で300記事を担保しながら、僕のブログの内容を『中身のある濃いもの』に変えてゆきたい。

 

ブログ仲間がどんどん消えゆく中、僕は僕自身に課題を出した。目標を定めた。

数字を目の前にすると追いたくなる衝動は僕の性格なのか人間の特性なのか、分からないのだが、いざ『300』と設定すると、とにかく書きたくなったってことは良いことだと思う。

 

 

 

コンスタントにアップしている人は凄い

毎日誰かのブログを読んでいる。時間を見つけて隙間を使って。

残念なことに今の僕は以前ほど文章に味わいを感じなくなっている。それは引き続き継続している読書でも同じ。プロの文章にでさえ味覚が鈍くなっている。

 

それでもブログは読んでいるし読書も続けている。続いている。

だんだん分かってきた。自分がどんな文章を内容を好むのか。

ブログを始めた事により、『文章を読む』ことが格段に増えた。それまでは『読書』のみだったから。

ブログを始めて他人の、素人の文章を読む機会が増えた。その中に『味』を感じ『違い』を感じ『好み』を見つけるに至った。

どんなに気分が乗らない時でも、読んでしまうと引き込まれる時がある。そんなブログがある。

そのような記事は僕にとってスパイスとなり心にちょっとした変化をもたらしてくれる。だらかブログを読むのは止められない。

 

 

ブログは何かとめんどくさい

僕の個人アドレスには、アカウントを取得したところから、様々なメールが届く。そんな中にあって目障りなのがブログドメインを取得したサイトから届くものだ。

『最近アクセスがありませんがセキュリティーは大丈夫ですか?』とか『あなたのブログの安全性が損なわれている恐れがあります』だとか、ネットの仕組みに疎い僕が不安になるような内容のメールがタイトルを通して不安をあおるようなものが頻繁に届く。

とても迷惑している。

そのメールの内容を確認すると、追加料金を払わせたい意図が見え隠れするものばかりだし、同じ内容のものが何度も繰り返し送られてきている。

 

有料のブログを運営するうえで、セキュリティーは大切なことなのだろうし、貼っている広告や使っている素材の著作権や肖像権など、ブログを不特定多数の人たちに開放している身として、責任はあるだろう。もちろん気に掛けて記事を書いているし運営しているつもりである。

でも思う。もっと分かりやすい仕組みにしてほしいと。

とにかく僕が一番気になり迷惑しているのはドメインを取得したサイトがとても分かりずらいということだ。

 

 

 

思いついたことをただ書いているだけ

今日はなんだか書きたくなったのでただ思いついたことをダラダラと書いている。

あっというまに1600文字を超えた。

きっとここからが本番で、きっとこれを書きたかったのだろう。

 

今の僕は満たされている。精神的にだ。

このことに気づいたときブログを書くことに気が向かなかったり、文章の味を感じずらくなっている理由が明確になった。なったと思う。

 

僕は文章に『癒し』を求めていた。

荒れた環境で育ち、一般的とは言い難いタイミングや形で結婚をし、そして現在はパートナーを失った。ざっくり言えばそんな人生だった。

僕のような人生は稀なのだろう。周囲に共感を得ることはできずまた、共感してもらえるような伝え方もしてきていない。

 

ブログを始めたのはきっと真にそれで。

僕はブログを書くことで『共感』をさらには『承認』をさらには『仲間』を求めたのだと思う。

ずっとずっと幼いころから何故だか、何か満たされない気持ちを感じていた。

これまで歩んできた時間の全てがそうだった。その『満たされない気持ち』をエネルギーに僕はブログを書いていた。読んでいた。

共感し共感されるために。

 

 

今の僕は満たされている。

数年前に会社を変えた。それは金銭的に改善することに至り、数年前に離婚した。それは人生のリセットをいや、再スタートを可能にさせた。

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長いトンネルはいまだに続いている。長い物語は現在進行形である。

未来が不確定であるがゆえ不安は消えない。

それでもさ、彼女ができたしスリッパ型の筆箱を見せびらかしながら僕と一緒に小料理屋に来てくれるユーモアある娘も一緒だし。

 

いつか、いつかさ、振り返ったらそれは、これまでの道のりはトンネルの中じゃなくて、日の光を十分に浴びて道端に花なんか咲いていた、立派な人生街道だったんだって気づけるんじゃないかな。

 

 

僕の物語も、みんなの物語もまだまだ続く。

読み終わったときには全てが『喜劇』に変わっているんだと思う。

 

 

 

 

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中卒の父親から学んだこと

今週のお題「お父さん」

※過去記事ですが、お題にピッタリだったので投稿します。

 

 

毎年、お墓参りの時期になると思い出すことがある。

墓地へ向かう途中にある古びた定食屋での出来事を。

 

 

 

僕の父は中卒。70歳手前の世代だが、それでも中卒なんて珍しいだろう。

典型的な田舎の農家で産まれた父。7人もの兄弟がいて、下から2番目。

子供という宝を授かったというよりは、労働力として生まれてきたようなものだと、自分では言っていた。

 

貧しい家庭で育った父は、高校へ進学するお金が無かったのか、自分から遠慮したのか、中学を卒業してすぐに社会人となった。

母と出会い結婚し、婿養子となり、僕のお爺ちゃんから引き継いだ田んぼで、稲作農家になる。

 

毎年繰り返される家族総出の農作業。

それだけでは生活の安定が見込めず、土木作業員として現金収入を得る兼業農家だ。

農家を取り巻く環境は、今とそんなに変わらずで、兼業農家として生計を立てている家がほとんどだ。

 

他の家の人たちは、会社員だったり公務員だったりで、その合間をぬって農作業をこなす。

しかし僕の父は中卒。学歴も無く周囲の人たちとは違う。

3Kと言われる土木作業員で、日雇いの仕事をしていた。当然収入も低い。

 

 

僕が幼い時の事。

家の近くに一軒だけある定食屋に、珍しく連れて行ってくれた。

外食なんてめったにないことで、嬉しくてワクワクしていた。

父と二人で入ったその定食屋には、大勢の客がいて、昼間っから酒を飲んで騒いでいる。

僕の手を引き、そそくさとカウンター席についた父。客のほとんどが顔見知りのようで、席に着いたとたんから、会話が始まった。

僕は幼すぎて、会話の内容までは理解できなかったが、周囲の客たちは父を見ながら笑い声をあげ、指をさし、手を叩いていた。

気づくと父は客たちに背を向け、注文した料理を無言で食べていた。

「お前も食べろ」

そう僕に言ったきり店を出るまで一言も会話することは無かった。

僕とも客とも。

そして店を出てから一言、父は僕に言った。

「俺のようにはなるなよ」

 

 

 

それからしばらく時は経ち、幼かった僕も成長し、おぼろげだったあの時の出来事の意味を理解できるようになった。

忘れようにも忘れられない。

僕たちは毎年の墓参りであの店の前を通るのだから。

 

父は馬鹿にされていたのだ。

めったに連れてくることのできない息子の手を引き入った店で、息子の目の前で馬鹿にされていた。たまには美味しい物を食べさせてやりたいと、息子を連れて行ったその店で。

店を出て言った僕への一言は、どんな気持ちから吐き出されたものだったのだろう。

 

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僕の父は今もなお健在で、そして毎年繰り返される農作業を楽しそうにやっている。

母曰く「田んぼは俺の全てで、稲を作ることほど楽しいものはないんだ」と父は言っているそうだ。

決して多くを語らない父も、農作業の時だけは怒鳴り声をあげ、家族に指示を出す。

とにかく田んぼに夢中で、真剣で命を懸けていて。そんな気合の入った背中を僕は、何度も見てきた。

収穫の時には鼻歌交じりにコンバインに乗り、そして取れ高に一喜一憂する。

 

 

たしかに僕の父は中卒で、稼ぎも少なくて。

でも、青々と育った稲を、金色の稲穂を、腰に手を当て目を細めて眺めている、そんな父の姿を見ていると、もう感謝しかなくて。

 

たしかに、旅行に連れて行ってもらった事も無ければ、映画すら見に行ったことも無い。遊んでもらった記憶すら無い。

とにかく仕事をしている、農作業をしている父しか僕は知らない。

 

そんな父から僕は、言葉で何かを教わった事は無い。

 

でもね父さん。僕はあなたから『一生懸命』であることの意味を教わりました。

どんな時でも真っ直ぐに田んぼに向き合う、あなたの背中が好きでした。

あなたの背中から教わったものは、今も僕の心に、根性に、深く刻み込まれています。

 

 

 

中卒の父は、僕の誇りです

 

 

 

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快適である場所 【離婚で家族崩壊】

僕はずっと仕事をしている。日曜である今日も。

それは誰かに強制されたわけでもなく、しかし不必要な出勤でもない。

 

細かな事は割愛するが、僕は誰かに管理されて業務をしているわけではない。自己管理の元、業務に支障をきたさないよう自分の仕事を、その量を調整し日々を進んでいる。

 

休日出勤を繰り返している僕は現在、休日出勤をしなければならない量の業務を抱えている。だから日曜出勤を本日も行っている。

 

コンプライアンスの観点から、どのぐらい休んでいないのか、ここに記するつもりはないが、『大変』だとか『嫌だ』とか、そんな感情を感じた事はないし、むしろ1人で集中できる誰もいない休日の事務所は快適とさえ思っていた。

 

休日出勤は快適だ。自分1人しかいないのだから。

何をやっても自由。仕事に疲れたら読書をし、図面でこんがらがった頭の中をYouTubeのお笑い動画を見てほどいた。

 

僕にとって休日出勤は快適でありまた、都合が良かった。

 

 

でも今、ブログを書いている。遂に感じてしまった。

僕は『疲れた』のだ。

 

疲れてぼ~としていて記事を書こうと思ったのだ。

なぜなら気付いたから。

僕が休日出勤を『快適』だと感じていた理由の本体は他にあったってことに。

 

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僕は現在、子供2人と生活している。どちらも大きく、1人は社会人でもう1人は高校3年生。

27歳で新築したマイホームに親子3人で暮らしている。

理由は簡単で、4年前に離婚したから。妻であり母親である存在が家から消えた。

 

心配はご無用。離婚してからの生活は快適。トラブルを持ち込まれることが無くなった我が家は平和そのもの。

まぁ確かに、母親のいない暮らしは『生活』という意味で何かと厄介ではあったが、そんなものは離婚前に比べれば微笑ましいぐらいの事象であり、父親である僕一人で何とか処理できる程度の、まさに『想定の範囲内』でしかなかった。

 

 

離婚において最も気がかりだったのが子供たちのこと。

しかしそれも杞憂というか、もうすでに大きくなっていた子供たちは動揺もみせず、むしろ何事も無かったかのように父親だけになった『家庭』に溶け込んでいた。

 

 

2020年7月で離婚してから満4年を迎える。

家族3人の生活は快適で平和である。3人での家族運営システムにも十分に慣れ、各々の役割分担も明確で、そのシステムの中を自由に動き回りながら各自の人生を歩んでいる。

 

今まさに僕らは、『各自の人生を歩んでいる』のだ。

 

 

帰宅後に3人で食卓を囲むことが極端に減った。

テレビの争奪戦が行われていたリビングには僕しかいない。

学校からの配布物は自動的にテーブルに置かれ、僕が目を通しサインし、時には捺印したものを置いておくと、いつのまにか自動的に回収されている。

買い物と言えば何かと僕が車を出していたのに、社会人になった息子はマイカーを持ち自由に動き回り、時間の拘束もうけず帰ってくる。

ネットもまた便利で、身に覚えのない宅配物が毎日のように届く。全て子供たちの物。

 

 

 

僕の子供たちはみごとに、父親だけになった家庭に溶け込んだ。

彼らが僕の手を煩わせることは、もうほとんど無い。

 

 

 

 

休日のリビングには僕しかいない。あんなに賑やかだったリビングに。

 

そこには僕がたたむ洗濯物があるだけ。

いつでも自由にザッピングできるテレビがるだけ。

自分だけの本棚があるだけ。

望んでいた静寂があるだけ。

 

 

 

あんなに賑やかだったリビングに今は思い出だけが残されている。

僕が失ったものは『妻』だけではないことを、リビングが教えてくれる。

 

 

 

 

休日出勤が快適だったのは、リビングに一人残された自分を見たくなかったから。

思い出だけに包まれた自分を感じたくなかったから。

 

 

 

 

 

 

 

僕は帰る。今日は帰る。休日出勤届を破棄して。

帰り道では娘がバイトしているコンビニに寄ろう。

帰宅したらコンビニで買ったおにぎりを、いまだ眠っているであろう息子に渡そう。

 

 

スーパーで買い物をしよう。久しぶりに家族3人で食卓を囲もう。

外食じゃなくて、今日はお父さんが作るから!

 

 

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大嫌いな上司が遂に死んだ

当時21歳だった僕には大嫌いな上司がいた。

事あるごとに僕を呼びつけ命令し。事あるごとに僕を怒鳴りつけた。

 

 

 

僕は建築の現場監督を生業としてる。どうやって現場監督になるのかというと、それは簡単で現場監督の会社に勤めればいいのだ。

正式には『総合建設業』と名乗っている会社。

 

 

誤解の無いように追記しておくが、現場監督と言うのは『施工管理』する職種であり国家資格が必要で、本物の現場監督は国がその資質を認めた『施工管理技士』のことを指す。さらに追記すると、受験するには実務経験が必要であり、ある程度の年齢にならないと座学の知識があったとしても受験はできない。

 

 

 

当時21歳だった僕は無資格。受験資格が無いのだから。しかし『総合建設業』の会社に勤めているだけで関係業者からは『監督』と呼ばれた。だが、中身は経験も知識も無いただの若者である。

 

 

 

 

僕の大嫌いな上司は細井(仮名)という。

絶対にこの日を迎えたく無いと思っていたのに、遂に細井さんの下で業務をこなすことになった。同じ現場に配属になったのだ。

会社にいるだけで怒鳴り散らされるのに、同じ現場に配属なんてそれはもう地獄。

そして本当に『地獄の日々』が続いた。

 

 

掃除しろ。高さを確認しろ。水を抜いておけ。職人さんの手伝いをしろ。あそこを斫っておけ(コンクリートを部分的に削ること)。荷受けをしてチェックしろ。写真を撮れ。

とにかく、とにかく逐一指示を出しその出来栄えに文句を言う。もっと普通にしゃべれないのか?と疑問に思うほどの圧力と声量で僕を怒鳴りつける。

 

 

同じ現場には僕の4つ上の先輩がいた。その先輩には普通に接していた。

なぜ新人のような僕に厳しくあたり、僕より4年も経験が多い先輩には何も言わないのか?逆だろ!厳しく指導するなら先輩の方だろ!

当時の僕は何度もこんなことを思ったものだ。

 

 

 

 

そのんな日々のあるとき、細井さんから受けた指示に対して大きなミスをしてしまった。その時の細井さんといったら、今まで見たことも無いような剣幕で僕をまくしたて、今にも殴られるのではないかと思うほどのオーバーリアクションで僕の犯したミスの大きさを説明した。

「お前はもう帰れ!!顔をも見たくない!!!」最後はそう怒鳴って事務所を出て言った。

なんだよ。何なんだよ。そんなに重要な事なら僕に任せなければよかっただろ!!!

とにかく腹が立った。確かにミスをしたのは僕だ。しかし細井さんには確認義務がある。僕のような若造に、経験乏しい僕に大事な業務を任せっぱなしで、途中の確認をしない。それはお前にも落ち度があるだろ!帰れというなら帰る!!

 

憤慨した僕は細井さんの指示に従い帰宅した。帰れと言ったのは細井さんであり僕は上司の指示に、命令に従っただけ。

帰宅はしたがやることも無い。むしゃくしゃした僕は4年生大学に通っていた友達をアパートに呼び酒を飲んだ。細井さんに対する苛立ちやムカつきをつまみにして、とにかく気が晴れるまで友達に愚痴った。

 

 

ここで細井さんの事を少し紹介しておく。

田舎育ちの細井さんはその地域で『神童』と呼ばれていたそうだ。

幼いころから頭脳明晰で一度聞いたことは忘れない。だから勉強などしなくても成績が良く、しかし家庭の事情からなのか工業高校に進学。もちろん受験勉強などしていない。

 

その高校時代に爆弾まがいの物を製作し、間違って自分の手の中で破裂させ指の一部を損傷。輸血をするほどの大怪我を負ったそうだ。地元の新聞にも取り上げられるほどの大事件を起こした。

 

 

 

 

細井さんとやっていた現場は幸か不幸か僕のアパートから歩いていける距離にあった。片道30分程度。

仕事の『し』の字もしらない大学生に、専門的で意味が分からないような事柄を多用する、しかも『愚痴』をまき散らし、それに辟易した友達は頃合いを見て帰ってしまった。

 

ここまで発散するとさすがに自分の行ったミスに気が向いていた。たしかに大変な事をしてしまった。

酔い覚ましにと思い現場まで散歩した。どうして自分がミスったのか、考えても理由は分からなかった。持っていたPHSを見ると時間はてっぺんを超えている。日付が変わったばかりだった。

視界の奥に街頭に照らされたゲートが見える。工事現場によくある【ガシャガシャ】と音とたてて開閉するあれ。

そこまで着いたらUターンして戻るつもりだ。ゲートに到着。

 

現場を見てみた。何故だが明かりがついている。小さな明かりだ。その明かりは事務所からではなく施工中の建物が建つはずの部分。まだ基礎工事であり目線は下を向く。

投光器の明かりが灯っていた。カギの掛かっていないゲートを開け中に入る。

遠目に見ても細井さんであることが分かった。直していた。僕の間違った部分を細井さんは直していた。一人で。

言葉が無かった。監督というのは基本的に手を出したりはしない。専門業者である職人さんが作業を行うのだから。でも細井さんは直していた。こんな真夜中に。

声も掛けずにその場から逃げた。

 

 

 

あんなものを見た翌朝。『緊張』と表現するには全く足りないほどの心持で出勤した。

普通だった。細井さんは普通だった。

普通に、いつも通りに僕に指示を出し、普通どおりに怒鳴り、普通どおりにダメ出しを繰り返した。

 

普通じゃなかったこと。いつもと違ったのは細井さんの眠気で腫れた瞼と目の下のくま。

 

 

これは後から先輩に教えてもらったことだが、あれを一人で直すにはきっと朝までかかっただろうということ。次工程に支障があり、気づいたのも遅く、段取りがとれず職人さんを呼べなかったから、細井さんは自分で直したのだろうということ。先輩にも頼らず。

 

 

ショックだった。自分の愚かさに言葉も出なかった。事の重大性すら気づけない自分が情けなかった。

このことを知った夜。先輩から説明を受けたその日は、本当に泣いた。自分の未熟さと愚かさと細井さんに対する申し訳なさで。総じて悔しかった。未熟である自分に腹が立った。悔しくて悔しくて、その思いがこぼれなくなるまで涙が止まらなかった。

 

 

 

細井さんと一緒の現場は無事に竣工を迎えた。無事に終わることができた。

現場が終わって間もなく、僕の勤めている会社も終わった。

建設不況真っただ中、僕の会社は自主廃業した。

 

僕は細井さんが大嫌いだったから、もうこれで会わなくて済むという安堵感が、『失業した』という不安を上回り、むしろ喜びを感じた。そしてもう一つ。

絶対に次に会った時には僕が指示を出す。ダメ出しをする!憎き細井に!

そのレベルまで自分を向上させる!!

強く心に誓った。

 

 

細井さんもいい年であり、別業種への転職は不可能と思われ。この業界にいるならば必ずいつかどこかで一緒になる。同じ現場になる。建設業にはJV(ジョイントベンチャー)という請負形態があり、数社が合同で受注し、スタッフを出し合って竣工させる場合がある。その時僕は細井さんに仕返しをするのだ。大嫌いな細井さんに。

 

 

 

 

 

自主廃業した後も、社員とは交流が続いた。初めのうちは数か月ごとの飲み会。

それが時を経るごとに間隔が空き、最近では1~2年に一度程度。

その飲み会に細井さんは一度も顔を出さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

先日、細井さんが亡くなった。病気で。

主な原因はB型肝炎。

あの『爆弾事件』の時の輸血で感染したらしい。近年は合併症で透析を受けるまでの状態になっていたとの事。

 

とにかく不摂生な人だった。酒とギャンブルにおぼれ、借金もあったと思う。

病気なのに。もっと規則正しい生活をするべきだったのに。だから独身のままだったんだ。

 

 

 

 

昔の仲間ということもあり、葬儀には参列せず、親族が落ち着いたところを見計らい昔の社員数名で線香をあげに行ってきた。

 

 

細井さんの親族から(主に兄だったと思う)に散々にお礼を言われた。ご迷惑だっただろうに居間に通され『何か弟の昔話などきかせてもらえませんか』と言われた。

僕たちは直ぐに帰るつもりだったのに、まさかの展開。

あの細井さんだ。親族に話せる事柄など持ち合わせてはいない。もし正直に細井さんの普段を、思い出を話したものなら、お兄さんは弟の死を喜んだかもしれない。親族の恥として。

 

 

僕たち『昔の社員』は皆一同に下を向いた。敷かれていた絨毯の綻びを探した。とにかく何かに集中してこの場を切り抜けたかった。

 

 

何も語らない僕たちに、細井さんのお兄さんが話し出した。

「弟はあの会社が好きだった」「社員の人たちが好きだった」「居心地がよかった」

「次に入社した会社でとても苦労し病気が悪化した」

こんな話をしてくれた。

 

それともう一つ。

 

 

そういえば当時弟が言っていたのですが、期待の新人がいると。「あいつは出来る男になる。思考の筋がいい」「俺が育てるのだ」

こんな事をいっていました。

 

その方はここにいらっしゃいますか?

 

 

 

 

僕だけ泣いていた。みんなも理由を分かっていた。

 

 

大嫌いな細井さんは大嫌いなままだ。

僕に『仕返し』をさせないまま死んでしまったのだから。

 

 

 

 

少しでも誰かの心に響けたら!!

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。