雨のち いずれ晴れ

ホントは寂しがりやのシングルファザーが叫ぶ! 誰かに届け!誰かに響け!!

あけみちゃんフォーエバー

そのお店は、とあるビルの一階。ラーメン屋を通り過ぎ、二つのスナックを超えた一番奥にある。

幅90センチ。高さ2メートルの扉を開けるとチリンチリンと透き通る鈴の音が鳴る。

来客の合図だ。

 

右手には8人座れるカウンター。ドアを開けた正面奥には6人座れるボックス席。

カウンターには沢山のボトルが並べられ、全てに客の名前が書かれたタグが掛けられ、常連の多さを見せつける。

カウンターの後ろ。あけみちゃんの背中側にはグラスと新品のボトルが飾られている。

そのボトルは、安い物から高価なものまであり、バリエーションの豊富さは、客層を選ばない分け隔て無いあけみちゃんの人柄が見え隠れする。

壁につけられた間接照明。カウンターの真上にあるモダンな灯り。その全ての照明を薄く落としたその空間は僕の気持ちをいつも、一気に穏やかなものへと変えてくれた。

 

 

 

あれはいつだっただろう。3次会に捕まりそうなのをそっとバックレてあけみちゃんの店に向かった。一人でね。

お店のドアを開けると、変わらず鈴の音が鳴る。

客のいないカウンターに一人座り、肘をつき頬に手を当ててテレビを見ていたあけみちゃん。

あの時何を考えていたの?僕が入ってきたのも気づかないぐらい何を考えていたの?

「テレビに夢中で気づかなかった」なんて嘘、なんでついたの?

音の出ていないニュースに夢中になったなんて見え透いた嘘ついて、あけみちゃんらしくないよ。

もしかしてあの時考えていたのは、この日のことなの?

 

 

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業界人のたまり場であるあけみちゃんのお店は、先輩たちが若輩者を連れだって最後にたどり着くスナックだ。

僕は建設業に従事している。もちろん紳士的な人たちも多いが、そうでない人たちも同じぐらいいる。

そんな業界の人が最後にたどり着くこのお店は『にぎやか』を通り越してしまう場面がちょくちょく訪れる。

酔いつぶれて寝てしまう人。カラオケを大合唱している人。その音に負けじとヤジを飛ばす人。マンツーマンの部下にネチネチとダメ出しをする人。

一見すると荒れたお店に感じるだろうが実は違う。みんな仲間なのだ。

知人、友人といった意味ではない。『同じ業界人』としてだ。

僕の友達から見聞きする他業種とはやはり、この業界は一線を画す。

みなまで語るつもりは無いが、このご時世にあってもなお、僕の業界はいつまでたっても『建設業』なのだ。地元の中小零細企業に勤める僕らは、お酒が入ると威勢がいい。

建設大不況の荒波を乗り越えて今ここに集う僕らはみな『仲間』なのだ。元請けや下請けなどの垣根など無い。

 

 

 

僕はあけみちゃんの店で業界のイロハを教わった。

上司から。他社の先輩から。下請けの営業マンから。時にはあけみちゃんから。

特にあけみちゃんから教わった話は、経験不足の僕に、しっかりとかみ砕いた言葉で伝えてくれて、複雑な力関係や人間関係を上手に理解させてくれた。

上司や先輩から聞く、言葉を端折った話より、あけみちゃんの話の方が分かりやっすかった。

 

 

いつしか僕もあけみちゃんから名前を覚えられ、隣に座ってくれるようになった。

僕の事、名前で呼ぶ人はあけみちゃんだけだぞ(笑)

「いつ見ても若いわね」なんてお世辞も、今の僕にはもう通用しないよ。

でもね、座ったとたんに僕の膝に手を置いて、太ももの途中まで動かして、撫でながら「いらっしゃい」と言ってくれるあけみちゃんの方が、いつも変わらず可愛いなと思っているよ。

 

 

あけみちゃんとの付き合いもだいぶ長くなったね。

騒ぎたい時にはそのままにしてくれるし、大事なお客さんを連れて言った時には、僕が酔い過ぎないようにそっとチェイサーを用意してくれたり。

その気配りに惚れそうになったのは一度や二度じゃない。

「抱かせてくれよー」と冗談交じりに言った僕を、上手にあしらってくれるあけみちゃんは、さすがだな。この業界にもまれてきただけの女だ。

色んなとこもまれてきたんだろうけど(笑)

 

 

 

そういえばあれはいつの事だっただろう。

僕が仕事で大失敗をして、そのことを上司に罵倒され、一人でたどり着いた時の事。

店じまいも間もなくというのに僕を入れてくれた。

事の詳細を聞き、あけみちゃんが渋い顔をしたときは、本当にヤバい事をしたのだと、改めて重大性に気づかせてもらったし、無下に僕を罵倒した上司に対して「バイブレーターでヒイヒイ言わせてあげて」と、業界人なら誰でも分かるブラックジョークでフォローしてくれた時は二人して大爆笑したよね。

※『バイブレーター』とは、コンクリート打設時に締固めを行う際に用いる電動の振動機。

 

大爆笑して涙が出てきて、その涙が呼び水となってそのまま僕は悔しくて大泣きした。

仕事の事で人前で泣いたのは、後にも先にもあけみちゃんの前だけだよ。

 

僕はきっと、あけみちゃんの事が好きだったんだ。

 

 

 

 

 

 

これは先日のこと。

機械音痴のあけみちゃんが、やっとの思いで作ったラインを受け取ったときは嬉しかったな。まだまだ頑張れそうだって、そう思った。

僕の母親と同じ69歳。まさかあのお誘いラインが最後になるなんて。

お店を止める事。なんでもっと早く教えてくれなかったの?

やっぱりあの時。あのテレビを見ている時、あけみちゃんは覚悟を決めていたんでしょ?

 

時が経つにつれ徐々に、賑わいを失っていくのは感じてた。僕も足しげく通ったつもりだったけど、力及ばす申し訳ないと思っています。

 

 

 

あけみちゃんがみんなに約束させた通り、「店を止めたら連絡は、しない、させない、受け付けない」の言いつけを守ることにするよ。

地元の、僕の業界の酸いも甘いも知り尽くしたあけみちゃん。

癖の強い人たちを相手する日々は大変で、でも楽しかったでしょ?

みんなが寂しがっているけれど「時代だよ」と言い切ったすっきりしたあけみちゃんの顔を最後に見れてよかった。

 

 

あけみさん。。。お疲れさまでしたm(_ _)m

 

 

 

 

 

高齢化の進む建設業は、その諸先輩たちの引退に伴い、ひいきにされていたお店もまた引退することになります。そんなお店が多いです。

何歳になっても『飲みの場』とは、男にとって学ぶことが多く、あけみさんの店もまたそういうお店でした。

こうやって時代は引き継がれ変わっていくものなのでしょうね。

 

 

 

少しでも誰かの心に響けたら!!

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。