雨のち いずれ晴れ

ホントは寂しがりやのシングルファザーが叫ぶ! 誰かに届け!誰かに響け!!

墓場まで持っていく話を聞いたら吐き気がした【妻編】 第二話

徐々に話し始めた早苗。

穏やかだった口調も時間と共に崩れ始め、ときおり憎しみを込め、時には悲しさを含み、自分の身に起きた出来事を語り、被害者であることを訴え続けた。

 

 ※この話の続き

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「健吾ね、不倫してたんです。知ってた?」

早苗の烏龍茶のグラスには結露した雫が付いている。敷かれたコースターはまだ濡れていな。

飲み物が運ばれ互いに一口飲んで、話を促してまだほとんど時間は経過していない。

結露した雫が垂れる間もなくいきなり結論めいた話をしてきたのだ。

 

先ほど僕に向けてきたキツい目の意味の一つが分かった。

『共犯』

そう、僕は疑われていた。健吾と飲みに出かける仲だ。疑えばきりがない。

たとえばこうだ。

健吾は僕と飲みに行くと言って出かける。しかし実際は僕とは会っていない。連絡が取れなくなった場合のアリバイ工作として、早苗が僕に電話をよこしたとき、「また酔いつぶれた。一緒にいる。いまから連れて帰る」と口裏を合わせたり。

 

またはこうだ。

家族というものがありながら、恋に落ち不倫関係になってしまったことの相談を受けていたんじゃないのか。

 

 

女性という生き物はとにかく感がはたらく。恐ろしいほどに。

かつて結婚していた僕はその超能力とも思われる女性の感に驚愕し、ときには頭を下げ謝罪をした。何で分かるんだ!

些細な仕草や言葉や行動の変化を彼女たちは見ている。感じている。

 

しかし今回は残念なことに早苗の感は外れていた。僕は共犯者じゃない。

 

「マジで?そんなの知らないよ。本当に初めて知ったぞ」

 

 

早苗はびくともしない。想定の範囲内の返答だからだ。まぁたしかにこんな質問をされた一発目で、はい、知ってました!と快く答える人間はいないだろう。

 

 

僕の顔を正面に捉えながら早苗の話は続いた。

今からちょうど10年前。早苗と健吾に長女が産まれようとしているとき。健吾は不倫をしていた。要するに早苗のお腹に赤ちゃんがいるその最中ということだ。

妊娠中、健吾の行動が怪しくなった。まさかとは思ったものの、その行動はエスカレートし出産後間もなく問い詰めると健吾はあっさりと不倫の事実を認めた。

相手の女性と話し合いまた、健吾とも話し合った末、結婚生活を継続することを決めた。

しかし早苗にとってそれは、地獄の日々だった。

裏切られたという怒り。それが妊娠中だったという憤りと悲しみ。

いっそのこと離婚してしまえばどんなに楽だったか。

 

離婚を選択するという葛藤はいつまでも続いた。健吾に対する怒りや悲しみが、忘れようにも忘れられない『不倫』『裏切り』という事実が早苗の心と頭から消えることがなかったから。

 

 きっとこの時期だ。僕に何度か健吾の所在を聞く電話をよこしたのは。

まさかあの時、健吾たちにそんなことが起きていたなんて・・・

 

 

『全ては子供たちのため』

夫婦の再スタートを決めたとき、早苗は子供たちのことを一番に想い全てを水に流すつもりだった。自分さえ我慢すれば家庭は上手くいく。またあの平凡で幸せな日々を取り戻せる。そう思った。

しかし人間の感情とはそんなに簡単なものじゃない。自分の力で頭の中から記憶を消すことなど出来るわけがない。吹き上がる感情に蓋などできやしない。

健吾に対する想いはいつしか憎しみに変わった。

 

冷え込んだ夫婦関係は、次ぎにヒートアップする。

健吾の些細な言動が気にさわり、小さな失敗でさえ許すことができず、イライラを募らせた早苗は健吾に当たり散らすようになった。そして喧嘩になりその最後は必ずあの不倫の話をぶり返した。

 

不倫の話になると健吾は口を紡ぐ。

反論できるわけなど無いのだから。そうなった健吾を見ると早苗には更なる怒りが沸いてきて自分のコントロールを失うのだという。

 

 

全ては子供たちのため

 

 

早苗の話の合間あいまにこの言葉が登場した。

気持ちは分かる。痛いほどに。僕もその事でどれだけ悩んだか。苦しんだか。

『自分さえ我慢すれば』

早苗の口から出てきたそのとき、僕は泣きそうになった。自分さえ我慢すれば。

僕は何度このことを自分に言い聞かせてきたか。

 

 

 

 

喧嘩が絶えない日々が続いた。

怯える子供たちを目の前にしても早苗はヒートアップした感情を抑えることが出来なかった。

そんなあるときの喧嘩の最中。

両親が喧嘩している姿に耐えられなくなった4歳の長女が泣きながら「ごめんなさい。ごめんなさい。」そう言って止まらなくなった。

驚いた早苗がかけよりなだめたが幼い、幼すぎる長女の罪の無い謝罪はしばらく止むことはなかった。

喧嘩するお父さんとお母さんを何とかしようと、この場を何とか納めようと小さな子供が思い付いたのが、謝り続けることだったのかもしれない。

 

「全部俺が悪い。申し訳ない。」

 

健吾はそう言って家をを出ていった。

そのとき早苗はこう思ったという。

『死ねばいいのに』

自分でも驚いた。そんな感情を自分が健吾に対して思うとは。

早苗の中に自然に沸き上がってきたその感情を認識したとき『終わったな』と思ったらしい。

高校生のころから始まった早苗と健吾の物語は、あのキラキラしたドキドキしたあの日々や、愛しくて苦しくて胸が張り裂けそうだった気持ちが今、終わった。

 

 

その日から早苗と健吾の本当の地獄が始まる。

家の外では『仮面夫婦』

家の中では子供のことのみを共同で行う『家庭内別居』

会話など無い。子供と生活にまつわる事務的な伝達事項のみを残し、二人から会話が消えた。

 

 

 

お分かりだろうか。これは地獄である。

憎しみと怒りと嫌悪感だけが充満した一つ屋根の下。姿さえ目ざわりな他人と一緒に暮らすのだ。

 

 

学校行事でしかたなく連れ添うときには外部に対して笑顔で接し、しかし互いの腹の中はムカつきと憎しみで満タン状態。

行事を終えた帰路。車内ではまたあの沈黙が始まる。

 

 

「子供たちは?子供たちは大丈夫なのか?」

 

早苗の話は、あまりにもドロドロで、あまりにも悲惨で。

僕は生ゴミを思い出していた。

キッチンの流しの隅にある三角のネットが掛けられたやつ。

色んな食べ物の残骸が混ざり異臭を放つあの映像だ。

僕は早苗の話を聞きながら、楽しかったであろう思い出と現在の悲惨さがごちゃ混ぜになった早苗の感情を想像した。

まだ食べれるのに余ったからと廃棄した瞬間それは、生ごみに変わる。

早苗と健吾は一人の人生としては新鮮であるはずの時間を捨てている。それは瞬時に異臭を放つ生ごみに変わる。

 

 

 

思い出した映像のせいなのか、僕は少し気持ち悪くなっていた。そして一番の気がかりである子供たちのことを思った。

 

現在は小5と中2のはずだ。あの長女には兄がいる。

小さなころから両親の喧嘩ばかりを目にして生きてきた子供の精神的ダメージは、そんな環境で生きてきた僕にしか分からないだろう。

 

絶対に分からない。早苗も健吾も。

 

子供たちの状態を質問した僕への返答は無難なものだった。

「何とか元気にやってるよ」

 

 

確かに子供には親の大変さは分からない。しかし、でも親だって子供の気持ちなど分かるはずもない。『元気』なわけがない。

 

 

 

 

僕は離婚を選択した。自分で考えられる有りとあらゆるものを考え、調べ、そして覚悟を決めた。覚悟を決める思考と感情のほとんどを占めていたのは子供の気持ちと未来への責任のことだった。

 

 

いま早苗は何を思う?何を考え何を決める?

 

 

一通り話を終えた早苗の烏龍茶は二杯目の底をついていた。

早苗は、僕にとって右側。早苗にとっての左側にある窓を、その外を走る車を眺めている。

 

互いに三杯目になる飲み物を注文して僕は適当に並べられた食べ物をつまんだ。

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「んで、どうするつもりなの?」

僕は分かりきった事を早苗に聞いた。答えなど分かっている。

ただ『離婚』という言葉を僕は早苗から、早苗の口から聞きたかった。

他人の僕から切り出す言葉じゃない。アドバイスするほど軽い意味でもない。

いつだって人生の分岐点は自分で決めるものなのだから。

 

 

「健吾のことが好きなの」

 

 

 

 

早苗の口から出てきた返答は僕の予想したものじゃなかった。。。

僕は何も『分かりきって』はいなかった。

 

 

づづく

 

 

 

少しでも誰かの心に響けたら!!

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。