雨のち いずれ晴れ

ホントは寂しがりやのシングルファザーが叫ぶ! 誰かに届け!誰かに響け!!

正さなくていい間違いもある  【中年男性の失恋】

互いにグラスを持ち上げ「お疲れっす」と乾杯し一口飲みほした後、「明日は早いから」と意味不明な事を田口さんは言った。

自分から誘っておいてそりゃないだろ・・・

 

 

 

数日前、久しぶりに仕事をお願いした。正確には4年ぶりだろうか。

田口さんとの付き合いは長いが、会社を変えてからは会う頻度が極端に減っていた。久しぶりに会った田口さんは明らかに痩せていて一瞬病気を疑ったぐらいだ。

今年で48歳になる田口さん。30代前半ですでに起業し、ここまで山あり谷ありの社長業だったのは知っている。どっしりと落ち着いていて声が低くて、独特のリズムで話す雰囲気はとても同年代とは思えない貫禄があった。

「痩せましたよね?」

僕の問いに鼻で笑う田口さん。十数年付き合った彼女と最近別れたのだそうだ。結婚を前提に付き合っていた彼女と。

離婚という痛手を負った僕には、田口さんの悲惨さを身に染みて感じる事ができた。ゆっくり話を聞きたいと提案したら日時を指定して飲みに誘ってくれたのが田口さんだった。

 

 

 

 

今シーズンの秋田の冬は雪が無く、クリスマスイブの今日はさぞかし繁華街も賑わっている事だろうと思っていたが、僕の想像は見事に崩れた。ネオンきらめく通りには人も少なく、カップルすら見当たらない。ディナーな時間にもかかわらず、予約無しでもすんなり店に入ることができた。

 

 

「適当に頼んでよ」とメニューを僕に渡した田口さんの目には力が無い。そりゃそうだろうな。昨年のイブは彼女と過ごしていただろうに。今年は僕のようなむさ苦しいおっさんと酒を飲むことになろうとは夢にも思わなかっただろう。

 

食欲が無いだろうと思い、少なめに頼んだ料理をつまみながら、本題に入るのをじっと待っていた。

昨年の売り上げが過去最低で生きた心地がしなかったが、今年は逆に調子が良すぎて銀行への返済が終わる見込み。会社創立以来、初の出来事だそうだ。

とても素晴らしいことなのにちっとも嬉しそうじゃない田口さん。男らしいがっちりとした骨格の頬がこけている。

「かなり痩せましたよね。何があったんですか」

辛すぎて話すに話せない様子の田口さんを見かねた僕が、防波堤を破壊する爆弾を投下した。

以下が田口さんの話の要約である。

 

起業間もないころに付き合い始めた彼女。金もなく仕事に明け暮れる毎日を支えてくれた人。約束の日には、どんなに遅く帰ろうが待っていてくれてご飯を一緒に食べてくれた。バツイチの彼女には子供がいて、やがてその両親も含めて家族ぐるみの関係に発展。会社も徐々に軌道に乗り、やがて結婚を意識し約束しあった。彼女の子供の大学の入学式に一緒に出席したりと、もう家族のような関係になっていた。今年は会社も順調で遂に借金が消えそうな予感。結婚は来年だと思っていた。そのやさき突然彼女から別れを告げられた。それが数か月前の出来事。

彼女と過ごした日々。自分の年齢。築き上げてきた両親や子供との関係。両者の友達との関係。長い時間をかけて積み上げてきたものが突然一気に無くなった。田口さんには仕事と彼女しかなかったのに、その半分を突然無くしてしまったのだ。

 

 

 

悲惨だなと思った。補えるものを見つける事ができない。

男にとって女とは人生のパワーの源であることは疑いようの無い事実。関係が彼女にまで発展しさらに長い時間を重ねる事ができた先に『結婚』まで誓い合えるほど強い絆で結ばれた関係は、そう簡単に解れるものじゃない。さらに互いの年齢を考えれば、田口さんは結婚前からすでに老後すら視野にいれた想いをもっていたはずだ。

「男って単純ね」と世の女性たちは皆言うけれど、男代表としてはっきりと伝えたい。「その通り」と。男自身は自分が単純だなんて思っちゃいない。複雑にロジカルに物事を考え行動しているつもりだ。しかし、いい女を見れば目で追い、近寄ってくる女にはワンチャンを狙い、しかし、惚れた女にはとことん純粋で責任を全うしようとする。それが男という生き物なのだ。

 

 

田口さんの話を聞いていて不思議に思った。彼女はどうして突然別れを告げたのか。大学生の子供がいる彼女だってもうすでに『いい歳』のはずなのに。

純粋にその質問を投げかけたとたん、田口さんの顔色が変わった。驚くことにその彼女はもうすぐ結婚するというのだ。別れを告げられてからまだ数か月しか経っていないのに。「浮気だろ」と顔を歪めて悔しそうに田口さんは言う。

 

 

 

彼女と幸せになる為に田口さんは必死に会社を軌道に乗せようとした。昼夜を問わず働いた。結婚するために借金を消そうとした。田口さんにとって彼女との幸せをつかむための最重要課題は『会社』にあったのだ。だから、だからその会社を安定させるために必死で働いた。たとえ彼女との時間が取れなくても。会えない日々が続こうとも。田口さんは『今』ではなく『未来』を見据えていたから。彼女の未来の責任さえも全うしようと思っていた。そして何より田口さんは彼女に絶対の信頼をよせていた。信じていた。互いに同じ気持ちなのだと。

その想いが見事に砕け散った。

 

 

『男って単純ね』

単純で何にが悪い。惚れた女のために必死になることの何が悪い。

たしかに田口さんは彼女の欲するものを疎かにしたのかもしれない。『一緒に過ごす時間』をないがしろにした部分はあったのかもしれない。でも間違いなく、疑いようもなく田口さんは彼女を強く想っていた。僕の目の前に座り、病的に痩せた体を椅子にもたれさせた田口さんが全てを物語っている。

 

 

『単純な男』と『複雑な女』の悲惨なすれ違いの結末を僕は目の前で見ている。こんなのが人生かよと投げ出したくなる。

 

 

 

 

まだまだこれからという時間に僕たちの飲みは終わりを迎えた。田口さんは明日、男鹿半島に朝日を見に行くそうだ。海から登る太陽を眺めたいのだそうだ。そうした方がいいと思った。地球に顔を出したての新鮮な太陽に温められた方がいいと思った。心も体も。今は人間には近寄らないほうがいい。そうですよね?田口さん。

 

 

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あの日以来まだ田口さんとは会っていない。でもきっと田口さんは登る太陽に温められたはずだ。

でもそれは、海を見ている顔側ではなく、背中だっただろうけど。

 

 

 

 

男鹿半島は日本海!

朝日は昇りません!!

 

 

 

 

気づいていたけど、あのとき間違いを正す言葉を掛けれませんでした。ごめんなさいm(_ _)m

 

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アラフォーにもなると、そもそも本気で人を好きになるのが難しい

アラフォー独身の僕は、ただいま絶賛彼女募集中です。本気度は別にして。

既婚時代が長かった僕は、恋愛に対して本気で悩んだり考えたりしたことがありませんが、彼女募集中とあらば、今から考えなくてはなりません。そして考えてみた結果、あれ??って思いました。そもそも『人を好きになる』ってどんなことだっけ?と、超単純なことが分かっていない自分を発見してしまったのです。

アラフォーが人を好きになるって、お付き合いするって、うわさ通りかなり難しいことなんですね。

 

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●好きになってから付き合うのか、付き合ってから好きになるのか

そもそもアラフォーの僕らには、対象者が激減しています。狙える年齢層に一定の制限があります。さらにその年齢層は既婚者が多い。そして人生の時間にも制限がある。若い時のように待っている余裕はありません。自分がどんどん劣化していくのですから。

本来であれば、好きになってからお付き合いするのが普通でしょう。しかし一目惚れでもしない限り、そう簡単に人を好きになれるものではない。外見を見てタイプの異性を見つけた時点で、互いの意思の合意があれば、『好き』という感情が無くても交際をスタートさせてもいいのではないでしょうか。

 

 

●人間性に引かれるのか、条件に引かれるのか

最近の婚カツ事情を見てみると、『条件』優先のように感じます。相談所やパーティーやアプリには、外見や年齢だけでなく、様々な付帯情報の記載義務があり社会的スペックを評価・査定できるようになっています。『結婚』を目的とした場合には、交際の区切りとして結婚というゴールがあり、そして次には『生活』という現実が待っているわけですから、社会的スペック、具体的には『お金』がパートナー選びには重要な要素となるでしょう。さらに家事や育児、それらをひっくるめて『生活能力』という条件重視がパートナー選定の現実のように思います。

条件をクリアした相手だけが交際を始められる。こう考えると『条件に引かれる』と言っても過言ではないのかもしれません。特に女性は。

そもそも人間性を見極めるだけの時間的余裕が無いのもアラフォーのディスアドバンテージでもあるでしょう。

 

 

 

●子供が目的か 結婚したいか

子供が欲しいか否かで好きになる条件も変わってくるような気がします。っていうか、子供が欲しい場合を除いて、結婚にメリットがあるようには思えない自分がいます。元既婚者として。

アラフォーは人生の終焉に向けて準備を始める時期。結婚して子育て!という拘束力が無くても、二人の関係を維持することが十分に可能だと思います。それ以上に『過干渉』しない大人の関係を築けるのではないでしょうか。

普通に考えれば40代前後というのは、それなりに人生経験を積み、人として社会人として自立できています。極端に生活能力に劣る場合を除き、男女とも大概の人は一個人として立派な大人です。子供が欲しくて結婚したいということを重要視しなければ、パートナー選びの選択肢の幅が増えるように思います。個人として別々に生活できればいいのですから。

 

 

 

●人生経験が邪魔をする

 僕たちアラフォーはこれまでに様々な経験をしてきました。色んな話を見聞きしてきました。色んな人間を見てきました。だからそれなりに『人を見る目』を持っています。

身だしなみ、持ち物や服装や雰囲気や話し方。外見から捉えられる様々な情報で、それなりに正確な評価を相手に付けることができます。当たり前ですが、まずはこうやて対象者を振るいに掛けていきます。

そして一番怖いのが『己を知っている』ということ。基本的に人間は自分に自信が無い生き物。自分と周囲を正確に比べる能力は、若かりし頃より精度が増しています。

だから『人を見る目』でふるいに掛け、残った相手と自分を比べて二の足を踏んでしまう。自分には不釣り合いだとかなんとか。せっかく興味がわく相手を見つけたのに。

 

 

 

●人を好きになるとは

結局人を好きになるって何なんでしょう。もう若かりし頃のような、『心が燃えるような恋』は、僕たちアラフォーには出来ないのでしょうか。スタート自体が難しいのですから。自分と相手の社会的『条件』を比べ合って身を引いたり、対象外にしたり。もうキリがありません。時間が無いのに。

 

僕は思います。僕たちアラフォーは『人間性に引かれる』のが一番だと。社会的条件などではなく、1つの生物として、純粋に相手に引かれることが最も重要だと思うのです。

前述したように、目視でふるいに掛けて勝ち残った相手と、積極的に同じ時間を過ごし、人間性を知ってから最終判断をすればいい。ということは、『見た目で判断』し気に入った相手が『好きの始まり』なのではないでしょうか。気に入ったのですから、『好み』であり、軽い『好き』の始まりです。まずは好きになる事が先ではないかと思うのです。

 

 

 

●まとめ

アラフォーの僕らは逆に、色々考え過ぎず、これまでの経験をもとに『見た目』で判断したあとは、積極的に関りを持つ。軽い『好き』状態なのですから、遠慮なく告白してもいいような気がします。軽い好き状態なら、振られても傷つくことも少ないでしょうし。

とにかくスタートを切るのが大事。下手な鉄砲ではありませんが、残された時間はあとわずか。男性も女性も。好きになってから深い人間性を知り、その後で社会的条件を検討するのがベストのような気がします。アラフォーは基本的に一個人としては、生きていけるわけですから、その延長線上で互いに生きる心のパートナーとなれれば、それで十分ではないでしょうか?心の支えがあるって、とても幸せなことですもの。

 

 

 

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J-9  離婚した夫婦の性格の不一致を具体的に晒してみる

僕はシングルファザーです。子供二人を引き取りました。

『引き取った』という表現は宜しくない。僕自身、子供と離れるつもりはありませんでした。

しかし、ラッキーな事に、母親である妻は子供を連れて行こうという意思はなかった。本当にラッキーでした。

 

 

離婚して4年目に突入。元嫁とはラインで繋がっていますし、険悪なムードはありません。

特に長女である娘の事に関しては、割と頻繁にやり取りをしています。

そんな中で、久しぶりに険悪なムードになりました。

 

離婚理由は一言で説明できるような簡単なものではありません。まぁ色々とありまして。人生観や結婚感や妻夫感や父母感や。。。

 

 

互いにではありますが、少しは反省しているのかと、探りを入れた僕が悪かった。やはり離婚までには意見のぶつかり合いがありましたから。言いたいことは全て伝えたつもりです。互いに納得の離婚でした。子供だけが犠牲になりました。

 

そんな僕たち夫婦(離婚後)の残念感を晒してみようと思い立ち、ブログにしてみます。

 

 

 

子供の事についてラインしていて、会話の流れで離婚理由に触れてしまった時のラインの一部です。子供の名前などが出てくるので、スクショは問題部分だけとします。

僕と元妻の意見の相違が明確になっています。どうぞご覧ください。

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元嫁の『貯金すらなかっただろ?』の直前の解説をします。

 

ある時期から僕たち夫婦は家計を分けていました。共働きだったので互いに収入がありました。

『身の丈に合った生活を!』がコンセプトだったのですが、いつの間にか借金まみれだった元妻。ちなみに僕たちは貧乏ではありません。しかし裕福でもありません。

 

長男の進学を目前に、家計が別々だった僕たちは、各々で貯蓄があってしかりだと、僕は思っていたのです。進学資金を出し合うつもりでした。しかし現実は妻に貯蓄は無かった。貯蓄どころか借金しかありませんでした。

このスクショのやり取りの直前に僕は元嫁に対して『貯金すらなかっただろ?』と聞いたわけです。

 

 

 

 

離婚してからは特にですが、専業主婦をさせてあげれるのが一番だと思うようになりました。もちろん、パートナーである妻が望むなら。

 

専業主婦問題は、男女問わず社会の課題だと思います。現在の世の家庭の金銭問題は簡単ではありませんし。

 

金銭問題は別として、僕はパートやバイトでもいいから、女性も社会の一員として活躍した方が女性の為になると思っている男です。理由は割愛します。それこそ個人の思考の問題なので。

 

 

それとは別に、元嫁の思考はどうしても消化できません。元嫁の考えはラインの通りです。

男性は稼いでなんぼ。家計の全てを養えなければ男じゃない。という考えです。

 

 

現在の世の中の情勢や、女性としての意識。二つを加味して僕は彼女の考えを飲み込むことが出来ませんでした。離婚理由はこれだけではありませんが。

 

 

さて、この記事を読んでくださった方は、どのように感じるのでしょうか?

 

 

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雨は夜更け過ぎに 雪へと変わるだろう【美人な借金取り】

 

タイミングはバッチリだった。

時間も、場所も、二人の雰囲気も。

 

 

 

大したことない金額で良かったと、安心して焼肉屋を出た。会計をする幸子の後ろで待っていた僕。「ご馳走さまでした」と頭を下げて、次で最後の店にしようと二人でBarに向かった。

 

小雨が降っていたが、傘が必要なぐらいではない。

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自分で勝手に『勝負のBar』と名付けている店に入った。二人とももう、お腹いっぱいで、お酒は口直し程度。明日も仕事であり、長居はできない。

 

※この話のつづき

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なんだかんだで二週連続で幸子と会ったことになる。まだまだ話すことはあるのだけれど、浅い人間関係同士が短期間で長い時間を『話題』のみで埋めた結果、盛り上がる話は尽きてしまった。『当たり障りのない話題』はきっと、互いに出尽くしたのだ。Barのカウンターに座る僕たちは、自然と会話が少なくなった。

 

『無言が苦痛じゃない』って知ってますか?幸子はどうか知らないけど、僕は幸子との間に流れる、無言の時間が苦痛じゃなかった。何とかして場を埋めようと、気まずい空気を何とかしようと、話題を必死で考える。そんな気持ちにならなかったし、必要性を感じなかった。こんな感覚、本当に久しぶりだ。

 

 

Barに入って乾杯して、細切れになった短い話題も、もうネタ切れってとき。時計は23時に近づこうとしていた。

 

直前の小さな笑いの後の沈黙。幸子はカウンターの奥の棚に並べられたボトルに目を向けていた。

上手に落とされた店内の照明と、ボトルの並べられた棚を照らす強い光との間で、幸子の横顔が浮き立って見える。整った眉毛と、その下に伸びる鼻のライン。そこに繋がる唇がとても魅力的で、思わず見とれてしまった。幸子はボトルの銘柄を目で追っている。

 

 

ここだな、と思った。

だから僕は慎重に「ぁのさ、、」と声を掛けて、幸子の顔を僕の方に向けた。

そして丁寧に、少しぎこちなく

「もし良かったら、、、この後・・・・・・・」

そう言って言葉を止めて、幸子の目をずっと見つめた。

 

大人だったらもう分かるはずだ。みなまで言わすな。この場所。この時間。この雰囲気。

幸子は僕の目をずっと見返している。真っすぐ僕を見ている。

不意に幸子の頬が少し緩み、小さな笑みを浮かべた。

「じゃ、行っこっか」それだけ言って、財布を取り出そうとした。僕はその行為を強く止めて会計を済ませた。

 

外にでると雪に変わっていた。みぞれのそれより、もっとしっかりと雪と判別できる塊が空から落ちてきている。

 

僕の心臓の鼓動は早くなっていた。緊張で体が熱い。外の冷えた空気じゃなければ、汗をかいていたかもしれない。

並んで歩いた。左に見える五丁目の橋を通り過ぎるとホテル街に入る。しかし何故だか幸子は、橋の方に向かった。たもとに停まっているタクシーの方に進んでいるように見える。ほどなくタクシーの横に着いてしまった。

 

 

あれ?  あれあれ???

 

僕は最後の勇気を振り絞り、幸子に話しかけた。

左の腕を上げて、腕枕の形にして、右手の人差し指を向けながら

「ミフケタのここ、空いてますよ!」

 

オードリー春日風に放ったゼスチャーは、ミフケタ渾身の誘い文句!

 

 

タクシーのドアが開き、幸子は乗り込もうとしながら「今度はお店にも遊びにきてくださいね♡」と言って小さな笑顔をよこした。

バタン、とドアが閉まりタクシーは僕の目の前から消えた。ドアが閉まってからの幸子は、僕の方を見る事は無かった。

 

この会話を聞いていたのか知らないが、僕の後ろを通るカップルがクスクスと笑う声が背中に刺さる。

僕はしばらく橋の上に立ち尽くした。顔の半分が雪で濡れているのに気づき目の前を見ると、朝までやっているそば屋の、柔らかく温かい明かりが見えた。

「上手に回収されたなぁ」

周りに聞こえる声で、そば屋に向かって一言いいましたとさ。。。

 

 

 

この記事を読んでくださっている女性の方々。

 

ミフケタのここ、空いてますよ!

 

 

 おしまい

 

 

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謝罪の真意はどこにある?


「お母さん!ありがとう!!」

 

店の引き戸を開けた先にいた、高齢の女性に幸子は声を掛けた。どうやら知り合いのようだ。

店内には所狭しと客が座り、全員が肉を焼く煙は換気が追い付かないことを知らせているかのように充満し、店の中を薄っすらと白く濁していた。かなり昔から営業しているこの店は設備が古いのか、売り上げる肉の量に対して、換気がまったく追い付いていない。

 

そいうか、、、知り合いか。。。バイトの客と同伴かアフターで利用するのかな・・・。この店は絶対に無理だと思ったのに。。。

 

幸子に対して投げた僕の意地悪は、見事に砕けた。きっと幸子は顔見知りの好で、大人気店である神の川の席を確保したのだろう。それにしてもよく、この12月という飲み会シーズンにこの店を予約できたものだ。普通に尊敬できる。しかし、『匂い攻撃』という、幸子の高級な衣服に焼肉の匂いを付けるというプチ意地悪は成功だ。まぁこれで良しとしようじゃないか。神の川を選んだ理由は、意地悪をかました内容はこのことも含む。万が一予約が成功しても、この店に入ったら絶対に服に匂いが付く。焼き鳥屋並みに。いや、それ以上に。

 

店内の一番奥の席に通された。お座敷スタイルで、靴を脱いで僕たちは席に座った。

まずはビールで乾杯。ビールという飲み物は季節を問わない。暑い夏なら喉を潤し、寒い冬なら心を潤す。とにかく乾杯はビールと決まっている。宴の始まりを体に告げるの飲み物として、一般庶民はおろか、上級国民にも広まっている。

 

「何にする?」という幸子の問いに対して「任せるよ」と言った僕。今回はいいだろう。今回は大丈夫だろう。何せ今日は幸子のおごり。たとえここでドンペリが出てこようとも、一銭だって払うつもりの無い僕は、堂々と構えていられる。

 

運ばれてきた肉を二人してせっせと焼いた。独特な付けダレも売りのこの店の焼肉は最高だ。肉の焼ける軽快な音と共に、煙もまた湧き上がる。食欲が一気に膨らんで、その勢いで肉を口に運ぶ。

 

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この間の件を快く思っていない僕は、封筒に収めた7万円をクラッチバックに入れている。

飲食代の内訳は無い。何せクラブだからね。しかし大体の予測として、ドンペリのロゼは5万程度のはずだ。

 

 ※この話の続き

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あえてそうしていた訳ではないが、この時の僕は口数が少なかったかもしれない。焼肉に夢中になっていた事もあっただろうが、幸子を目の前にしていながら、確かに会話が少なかった。幸子が発するたわいもない話に頷き、相槌をうつことの方が多かった。

 

「キムチ頼んでいい?」と僕は幸子に聞いた。この質問は、『この店の代金はあなたが払ってくれるのだから、注文はあなたの許可が必要だと思っています』の意が込められている。

目の前にいる幸子がコクリと頷いたのを確認してから僕は振り返って、カウンターの奥にいる店主に注文した。顔を元に戻したとき目の前には、箸をそろえて置き少し下を向いた幸子がいた。

「この間は私、調子に乗っちゃって・・・ごめんなさい・・・」

長い髪を一つに束ねて、片方の肩から降ろして、うつむき加減の幸子の綺麗なオデコが僕を見つめている。

NHKの桑子アナが流行らせたんだっけ?頭の後ろで髪を一本にまとめられた頭頂部は、上手に乱れさせた髪の結い方が施されており、幸子のセンスの良さを伺わせた。

 

好きだなぁ・・・こういうの・・・・

 

謝ってくれている幸子を見ながら僕は、こんなことを考えてしまった。

 

しゅんとしてうつむく幸子が健気で可哀そうに思えてきた。僕も悪かったかもしれない。決してお金のあるふりはしていないが、幸子に対して寛大な対応をしていたことは間違いなくて。ましてや、多大なる下心を持って幸子に接していた僕は、何か勘違いさせるような雰囲気を出してしまっていたのかもしれない。

 

「いやいや、大丈夫だから!(笑顔) そうだそうだ!お金渡しておくね、この間の!」

 そう言って僕は、クラッチバックから封筒を取り出した。

「私もお金出すよ」

封筒を手にした時に、幸子の口からそのような言葉が出てきた。一瞬だけ、ほんの一瞬だけ迷った。金額が金額なだけにね。。。。

 

「いや、本当に大丈夫だよ。ほら、そのお陰でこうして幸子さんのご馳走で貴重なお店に来れたわけだしさ!」

 

僕はこの時、思いっきり虚勢を張った。その時ならまだしも、後になってから女性にお金を払わせるなんてカッコ悪いこと出来ない。ましてや、ましてや、、、ましてや幸子に対して。。。。

 

申し訳なさそうな顔をして幸子は、封筒を受けとろうと手を出した。

僕の一瞬の心の葛藤を読み取ったのだろうか。「ミフケタさんって優しいね♡」

何とも言えない愛らしい、可愛らしい笑顔で幸子は、僕が封筒ごと差し出した手を両手で包んでくれた。

 

 

 

今夜、行けそうな気がするぅぅぅ~~~

 

 

 

 つづく・・・

 

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借金取りがやってきた

この間はごちそうさま

お昼の休憩中にラインが鳴った。彼女は悪びれもせず、ポップなスタンプと一緒にお礼の言葉を送信したつもりのようだ。

『あぁ、来たな』と思った。彼女から連絡が来た瞬間に、未払いになっている飲食代の請求だろうと予測できた。

ご馳走になったままだと悪いから、今度は私がご馳走します。いつがいい?

ははぁん。。。そうきたか・・・

 

※この話の続き

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持ち合わせが足りなくて、未払いのまま出てきてしまった飲み屋に、お金をどのように返そうか考えていた。幸子に渡そうか、それともお店に出向いて置いてこようか。どちらの場合にも気になることがある。

幸子に渡すということは、また顔を合わせなければならないということで、時間と場所が限られる。会いやすいのは仕事の後であり、また何かご馳走させられたら、たまったもんじゃない。

お店に出向いた場合、お金だけ置いて返ってくるのも、なんだか都合が悪いし、少し恥ずかしい。

しばらく悩んだ僕は、幸子の提案に乗ることにした。ラインの文章からすれば、とりあえず僕がまたお金を出すようなことは無さそうだ。別に何でもいい。ちょっと安い所で飲食して、お金を置いてパッと帰ってくればいいのだ。

 

そうなの?なんだか申し訳ないなぁ。でも、ちょうどお金も渡そうと思ってたし、お言葉に甘えようかな。

数時間あけて、僕はラインを返した。

何かリクエストある?との返信が来たので、ちょっと意地悪したくなった。別に僕は何でも良かった、なんなら居酒屋チェーン店クラスで十分だ。しかし、しかしこのまま幸子に対して甘い顔をしてはいられない気分だ。『美人だからといって、何でも許されると思うよ!!』

焼き肉がいいな。神の川(※仮名)

『神の川』とは、庶民的な焼肉屋で、しかしとても美味しい。味がいいのに値段は庶民的。だからとても人気のあるお店。この時期にすんなり予約がとれるものでもなく、突然行ったって入れるわけもない。僕は幸子を少しでも困らせたかった。

そして当日を迎えた。

 

 

 

5丁目の橋は、僕にとって定番の待ち合わせ場所。数日前まで雪景色だった秋田市も、現在は普段の12月と変わらない積雪無しの状態だ。でも、吐く息は白く、行き交う人の装いは冬そのもの。コートやらマフラーやら手袋などで覆いながら、足早に僕の前を過ぎていく。

そういえば、この5丁目の橋で、こんなこともあったよな・・・

www.hontoje.com待ち合わせ場所には、必ず早く着くようにしている僕。待たせるより待つ派。クリスマスに向かい、繁華街は派手な色どりを増している。通り過ぎる人々もなんだか楽しそうに見えて、独り身の僕は忘れていた寂しさを思い出していた。

 

私、今日は帰りたくない

 

そういえば幸子はこの間、僕に対してこう言ってくれた。確かにこう言ったのだ。あの日は、驚きの展開と驚きの金額に目的も忘れて帰ってきてしまった。しかし実際はどうだったのだろう。もし僕が帰らなかったら・・・・・

 

待ち合わせの時間から少し遅れて幸子はやってきた。落ち着いた雰囲気で、決して過度な主張をしないながらも、高級な衣服であること間違いなしで、これは焼肉屋に行くような装いではない。煙がモクモク立ち上がっている焼肉屋になど行こうものなら、匂いが付いて大変そうだ。『やっぱり神の川は無理だったな(笑)』意地悪が成功した僕は、心の中でほくそ笑んだ。それと同時に僕は思った。思ってしまった。

 

やっぱり綺麗だなぁ・・・

 

あの日、僕が帰らなかったら、幸子と。。。。

 

 

 

幸子に促された方向へ並んで歩いた。並んで歩く幸子からは、いい匂いがした。風が僕の方に向いた時、なんとも言えない柔らかい匂いが鼻孔をくすぐる。

女ってすげぇなって思う。本当に男が虜にされる時があるから。それは性欲という類のものでは無い。純粋に異性として強烈に意識し、我が物にしたいという強い欲求を沸き立たせる。その女性を手に入れる事により、自分の価値が高まる。周りからの評価も上がる。何よりその女を抱いている自分を想像すると、それはエロスなどではなく、野望というか、なんというか、男としての自尊心を満タンに満たしてくれる。

僕にとって幸子は、その部類にはいる女性だ。悔しいが。。。

 

 

 

見慣れた通りを並んで歩いて着いた先は、神の川だった。

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 つづく・・・・

 

少しでも誰かの心に響けたら!!

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

僕に与えられた『期限の利益』

 

「私、怒ってるんだけど」

 

 ※この話の続き

www.hontoje.com

 

とりあえず僕たちは居酒屋を出た。幸子さんが店を出ると言ったから。

 

僕の前を歩く幸子さんは、急に振り返り、鋭い目を向けてきた。

何を怒っているのか?見当もつかない。

 

「ミフケタさん、なんで敬語なの?」「私の事、年上だと思ってるの?」

 

 

 

???????????

 

一瞬で頭の中がクエスチョンマークで埋め尽くされた。

店を出たという事は、次のイベントを考えなければならず、どうしても幸子さんを帰したくない僕は、居酒屋で会計をしたりと、店を出た手続きすら記憶に無いぐらいだ。

 

「いや、46歳ですよね?」

「やっぱりねぇ、そうだと思った。。。私はそう見えるんだ・・・」

 

僕の記憶では、いつだったか勇気を出して年齢を聞いた時、「4歳年上です」と言われた事を覚えている。

僕は42歳。じゃあ彼女は46歳だ。なにせ『美魔女』ですから。

幸子さんは、年齢不詳と表現してもいい。46歳にも見えるし、もっと下にも見える。

でも自分から4つ上と口にしたのだから、僕にはそのイメージしかない。

 

僕の知る唯一の美魔女と言えば『坂本美香』。彼女は僕と同じ年齢ではあるが、その時々で下にも上にも見える。インスタをフォローしてるぐらい、僕のお気に入りだ。

 

繁華街の道の端で、僕を見て振り返っている幸子さん。通り過ぎる人が僕たちをチラ見していく。それは道端で喧嘩している夫婦のように見えたからかもしれない。

 

不意に、幸子さんの後ろで光るネオンが目に入った。幸子さんの輪郭を濃く浮き上がらせて、僕に薄い影を向ける。

顔の陰影が消えた幸子さんはまた、別の意味で僕をドキドキさせた。

 

気づくと小さな雪が落ちてきている。風に流された雪が僕の頬に当たった。

 

「私は38歳です。4歳年下です。」

 

どうやら幸子さんは僕を試したらしい。

あの時は「それは無いでしょ!」って反応を期待していたか、もしくは「凄く若く見えますよ!!」っていう驚きを待っていたのかもしれない。

年齢を聞いた僕に対して彼女はわざと4歳年上だと言ったのだ。僕はそれを鵜呑みにした。その結果が今、彼女が怒っている理由となている。

 

 こりゃ参ったな・・・どう言い訳すればいいのだろう。。。

ぽかんとしている僕に幸子さんは近寄ってきた。そして僕の袖をグイっとひっぱり、怒った表情で「私、今日は帰りたくない。だからもう一軒ごちそうして」と言った。

 

私、今日は帰りたくない

 

確かに幸子さんはそう言った。僕にはそう聞こえた。幸子さんの口元も、そのように動いていた。

「ラジャ。ブラジャー」

僕も確かにそう言った。敬礼しながら真顔で。

舞い上がる心を渾身の精神力で押さえつけて、年齢を間違えてしまった事を反省し、何かお詫びを!との意思を滲ませた表情で、さらには場を和ませようと、あえておやじギャグを飛ばした体で僕は、彼女の目を覗き込んだ。

 

「じゃあ、行きましょ」

僕の隣に並んだ彼女は、体を寄せて腕を組んできた。

どこに行くのか知らないが、僕はもう一軒こなした後、その後は超超久しぶりに『お泊り』が待っている。

 

おぉ娘よ。明日の弁当は自分で作るがいい。お父さんにはお父さんの人生があるのだ。いつまでも甘えてないで、たまには自分の弁当ぐらい自分で作ったらどうかね?

明日のお父さんには、君の弁当を作る余裕は無さそうだ。

信号で止まったついでに『明日は弁当無し』と娘にラインした。

 

 

幸子さんと腕を組みながら着いていった先は、見慣れたビルの下だった。見慣れているだけで入ったことは無い。『高級』で名の通った飲み屋が入っているビル。知らない人はいない。

「私、実はここでバイトしてるの」

この言葉で点が線に繋がった。幸子さんの話を聞いていて、モヤモヤとしていた心が、すっきりと晴れた。

 

全ての謎は解けた!じっちゃんの名に懸けて!!って感じ。

 

一介の事務員が、趣味でゴルフ。ブランド好き。年に数回の海外旅行。

有り得ない。

 

そういうことだったのだ。幸子さんは夜のバイトをしていた。

お金持ちのご両親をお持ちなのかと思っていたが、どうやら違ったらしい。彼女は自力で稼いでいるのだ。いいではないか。素晴らしいではないか。

自分の好きな事の為に、昼夜を問わず働いているのだ。

 

「行きましょ」

そのままビルの中へ入っていった。

エレベーターを上がり、何個かのドアを通り過ぎた後、正面にぶつかったドアを気軽な感じで開けて彼女は入っていった。

背広を着た数人の男性客が座っている。僕がたまに行くスナックのボックス席とは明らかに雰囲気が違う。

綺麗なドレスを着た女性が、男性客と談笑している。下品なカラオケすら鳴っていない。

カウンターに通された僕。隣に幸子さんが座った。

こんな所は来たことが無い。いや、正確には一度ぐらいだろうか。どこかの社長さんに同行した時以来だ。

『平服でお越しください』

今日の忘年会の案内には、そう書かれてあった。だから僕はスーツではない。完全なるカジュアルスタイル。このお店はきっと『クラブ』と呼ばれるところであろう。今日の僕の姿には、まったく合っていない。

ジワリと額に汗が滲んだ。

「何か飲みたいものある?」

幸子さんが僕に聞いてきた。

「任せます」

 

僕はバカだった。なぜ任せてしまったのか・・・・

この時の幸子さんは、お酒も入り色んな意味でボルテージが上がっていた。それは間違いなく僕も感じていた。

幸子さんはママに「特別なロゼ」と注文した。

 

出てきたのはドンペリの赤だった。

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細いグラスに注がれたドンペリ。

小さな気泡が、液体の中から止めどなく昇っていく。

綺麗なピンク色だ。この色を見たのは人生で三回目。

二回目である前回は、どこかの社長さんとご一緒した時。

一回目である初回は、幼いころクリスマスの包装をされたサイダーだったはずだ。。。

 

あのサイダーは綺麗だったな。本当に綺麗だった。。。

 

 

 

 

 

 

ハイ、僕、完全にやられました、幸子に。

もう呼び捨てです。やられちゃいました・・・・

 

結果を発表いたします。

クラブで飲むドンペリのロゼ。いくらするかご存知ですか?

そもそもクラブに座った瞬間、いくらするかご存知ですか?

 

 

金額はあえて書きませんが、田舎のサラリーマンの財布に入っているような額ではありません。

 

幸子と知り合いということで、身元が明らかな僕は、「では後日」ということで、お店を出ました。取りっぱぐれる事は無いですからね。

もちろん幸子とは、ビルを出てからその場で解散しました。

タクシーを拾ってあげたりすることなく、回れ右してその場を去りましたよ。

 

ふざけんな!幸子!!お前は一生独身だ!!!男を何だと思ってんだ!!!

 

 

 

僕には一か月の猶予が与えられました。

そう!『期限の利益』です。一か月間は、返さなくていいのです。

 

 

ラッキー!!!

 

 

 

少しでも誰かの心に響けたら!!

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

期限の利益と男と女【綺麗なお姉さんは危険】

「何で帰るんすか?」

「え、タクシー」

「じゃあ僕、捕まえますわ」

 

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今しがたお開きになった忘年会は、主催者側の怠慢な気持ちが強く感じられる会だった。

 

忘年会らしい特別なイベントも無く、だらだらとした、ただの食事会。

代表者が1人ずつ丁寧に挨拶に回った後に、直ぐにいなくなった。

残されたその会社の社員たちは、何度も時計を見て、お開きの時間が来るのを待っている。

 

何故なのか平日に決行された忘年会。皆、翌日も仕事。

酒気帯び運転の取り締まりの事もあり、翌日に残るような深酒はできない。

よって、主催者側は二次会の段取りいらず。

めんどくささを『気遣い』という大義名分の裏に隠して、恒例の『無意味な忘年会』は、今年も幕を閉じだ。

 

「何なんすかね?毎年毎年。」

「こんなの、止めちゃえばいいのにね」

 

幸子さんは、仕事上で取引のある会社の社員。僕より4歳年上。

初めのうちは仕事で見かける程度の人だったが、この『無意味な忘年会』に何度か出席しているうちに、毎度顔を合わせ、僕と同じ犠牲者であることを知り、親しくなった。

 

そもそも幸子さんの会社も会社だ。取引のある企業の忘年会に、事務員を派遣するのだから。如何にこの忘年会が軽視されているかが伺える。

 

 

 

タクシーが来ない。

きっとこの時間帯は、僕らのように明日の出勤を気遣う人たちが一斉に帰宅を目指す時間であり、普段は閑散としたこの繁華街を主戦場とするタクシー会社の稼ぎ時でもある。

「さむ~い。。。」

マフラーをしていない幸子さんが、首をすくめる。

 

夜になると急に気温が下がる、降雪間近の秋田の夜。

待てど暮らせどタクシーは来ない。お寒い忘年会の後であり、本当なら酒で火照っているはずの僕の体は、まったくその様子もない。

 

「僕も寒いっす。。。どっか入りましょうか?」

 

 

この時間帯でのタクシーを諦め、僕たちは居酒屋に入った。

幸子さんとちゃんと話すのは初めて。なんなら、まともに顔を見据えたこともない。

なぜなら幸子さは、美人だから。

勤めている会社は地元でも大きいほうで、田舎者の僕からみると『都会のオフィスレディー』そのまま。

よく言うところの『高嶺の花』なのだ。

 

やっぱり人生は面白い。この容姿にして幸子さんは未婚。もういい歳なのに。

どこまで深い事情を聞きだしたらいいのか、迷いどころである。

だって、深い事情があるに決まってるでしょ。

 

幸子さんを正面に見据えて、居酒屋のテーブルを挟んで座った僕は、後悔した。

幸子さんは居酒屋にそぐわない。居酒屋の雰囲気に合わない。

周囲を見渡せば、がやがやとした騒音と、古びたメニューと、沸き立つタバコの煙。

 

寒さと下心で混乱した僕は、手っ取り早く目についた店に飛び込んでしまった。

いい歳こいたオジサンが、美人を目の前にして我を忘れたのだ。

 

やっちまったなぁーと思い頭をポリポリしながら、ビールで乾杯。

最初は互いの仕事の話を真面目にしていたが、意外に酒が強い幸子さんのボルテージは上がってきて、私生活にまで言及。

趣味はゴルフで、ブランド好きで、毎年海外旅行に何度も出かけるらしい。

 

 

こりゃ無理だな・・・・

 

 

僕は心の中でため息をついた。

時折携帯をチェックする幸子さんの手には、ビトンの携帯カバー。

それ以外のブランドを知らない僕でさえ、衣服を含め、身に着けている物がお高いオーラで輝いている。

 

 

『こりゃ無理だな』

そう。そうなのだ。他の男性もそう思ったのだ。

この秋田に、幸子さんのお気持ちを満たせる男性が、はたしてどのぐらいいるのだろう。どんな役職に着けば、幸子さんを満足させる金を稼げるのだろう。

どのぐらいの年収があれば、幸子さんと家庭を築けるのだろう。

 

幸子さんは決してお高くとまってはいない。物腰も柔らかくて、ニコニコ笑ったり、ケラケラ笑ったり、表情も豊かで、本当にかわいい。ずっと見ていても飽きない。

 

しかし、心を惹かれる美術品が高価なように、幸子さんの人生の時間を我が物にするためには、相当の金が必要そうだ。

インスタにでも投稿すれば、直ぐにでもフォロワーが爆増しそうな美魔女を目の前に置いて、僕の腕にくっついている安っぽい腕時計を見た。

 

メニューを開いている幸子さんは、こんな時間なのに帰る様子が伺えない。

「次、何にする?」

「そうっすね~」

 

僕が悩んでいるのは次の食べ物の事じゃない。

超久しぶりに、超超久しぶりに『お泊り』がしたくなった。

 

今日だけならなんとかなる。一晩だけなら自分を繕える。

 

財布の中身を思い出しながら、帰りにスナックのお姉ちゃんにばら撒こうと持ってきたお金にほのかな期待を込めた。

 

しかし、どう誘おうか。この手の女性に、なんと言えばいいのだろうか。

 

「ハハハァ!」

 

何やら僕に対して冗談を言ったのだろう。聞こえてなかったが笑いは返しておいた。

僕はもうそれどころじゃないんだから。

 

こうしている間にも、刻々と時間は過ぎていく。失敗したら、アンハッピーな疲れを引きづって明日の職務をこなさなければならない。

出来る事なら、ハッピーな疲れを抱えて、スキップで出勤したい。

 

時間は刻々と過ぎていくのだ。

 

そう思った時『期限の利益』を思い出した。

これはたしか、金融用語だったような気がする。

お金を借りた方は、利息を足して返済する義務があり、その利息で銀行は利益を得る。

しかし借りた方にも利益があるのだ。それが『期限の利益』。

借りたお金は、期日まで返さなくていいという利益だそうだ。

 

 

僕の目の前にはまだ、幸子さんが座っている。

彼女が『帰る』というまで、『タクシー拾って』と言うまで、僕にはチャンスがある。

誘い文句を考える期限がある。

幸子さんが帰ると言うまで、僕には帰さない利益がある。

 

「ちょっとチェイサー挟みますわ」

 

僕は下腹部にパワーを残すため、烏龍茶に切り替えた。

 

 to be continued

 

 

 

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半分欠けた月の下でのホームパーティー

「住所教えてもらえれば、携帯見ながら向かいます」

 

 

11月の夕方は日暮れも早くて寒い。

厚着をし、僕は田山さんの家に向かった。

少し高級な日本酒と、友達に教えてもらったワインを背中のバッグに入れて、自転車をこぐ僕は、ちょっぴり不安を感じている。

 

田山さんとは、行きつけの飲み屋で知り合った。

年齢は僕より20歳も年上。

テレビ局で仕事をし、奥さんを数年前に亡くした。病気だったそうだ。

今は一人暮らし。

 

行きつけの飲み屋では、カウンターに座る田山さんを見つけると、遠慮なく隣に座って乾杯をする。

ここでなら、なんの気兼ねも無く、年齢差も関係無く話をし、笑い合い冗談を言える。

飲み屋という場の雰囲気と、お酒の魔力が、他人との垣根を取り払ってくれるから。

 

でも今日は違う。僕は田山さんの自宅に向かっている。

「大丈夫かな・・・」

小路の交差点で自転車を止めて、携帯の地図をみた。

道を間違っていないかという不安と、自宅でサシ飲みする不安とが、心の中でグルグル回った。

 

満月に向かうのか新月に向かうのか分からない、半分欠けた月が僕を見ている。

その明かりのお陰で、迷わず田山さんの自宅に到着できた。

 

 

表札を確認する。間違いなく田山さんの自宅だ。

田山さんとは全くの他人。仕事の絡みも無ければ、町内も違う。

『飲み屋で出会って親しくなった人』という微妙な関係が、インターホンを押す僕の指をわずかに震わせる。

 

指をそのままに、大きく深呼吸して、その勢いでボタンを押した。

 

玄関のドアを開けると、いつもの笑顔で田山さんが迎えてくれた。

緊張を隠した僕は「一人では持てあます広さですね」だなんて、部屋の大きさを見たとたんに失礼な事を言ってしまう。

慌ててバックからお土産の品を取り出して手渡した。

「今日はお招きいただき、ありがとうございます」

 

リビングの食卓には、もう料理が運ばれていた。

全て田山さんの手作り。

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酒のつまみにピッタリな料理がずらりと並んでいる。

何を隠そう田山さんは食通。自分で作るのが好きなのだと、飲み屋で聞いてはいたが、こんなにしっかり作ってくれるなんて、驚きだ。

 

 

まずはビールでと、乾杯をして直ぐに冗談が飛び交う。

きっと田山さんも緊張していたのだ。

お酒が回ったころには、いつもの飲み屋と同じ雰囲気が僕たちを包んでくれた。

 

 

田山さんが僕に親近感を持ってくれた理由の一つが判明。

僕の離婚と田山さんの奥さんが亡くなった時期が同じだったのだ。妻がいない二人組。

そんな組み合わせに心を開いてくれた田山さん。そして話は奥さんへと移行していく。

 

芸能人のマネージャーをやっていた奥さんとの出会い。そして結婚。子供が生れて、その娘さんは東京で暮らしているらしい。

にこやかに話す田山さんの瞳が、ときたま揺れるのを僕は見逃さなかった。

寂しさに心が揺れている。そんな風に見えた。

自宅での飲み会は、どうやら毎週のように行われているようだ。

僕が感じたものを表す何よりの証拠。

 

 

田山さんが若いころの、ヤンチャなエピソードを聞いていると、自称ちょっと変わり者の田山さんに、お似合いの奥さん。

亡くなってまだ四年。されど四年。

この広い家で田山さんは毎日、どんな思いですごしているのだろう。

幸いにもまだ、テレビ局での仕事は続けている。しかしそれもあと数年。

ボケ防止の為に、前日に食べたものを思い出しながら、パソコンに書き溜めているのだと笑いながら僕に言う。

「見返す事なんてないのに、バカみたいだろ」

 

整ってはいるが、白髪の多い頭髪に言葉の真実味を感じてしまい、田山さんの未来を想像した僕は急に寂しさを感じた。

「これからも、たまにでいいですから、僕をまた誘ってくださいよ!」

 

僕はこの人との縁を大切にしよう。この出会いを大事にしよう。

自然とそんな想いが心をいっぱいにした。

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※詳しく書けませんが、奥さんの記事が掲載されていると、自慢げに見せてくれました

 

 

翌日も仕事のある僕を気遣って、早めの帰宅を促しながら、最後の方に田山さんが話した奥さんへの想いが印象的だった。

 

「その時は分からなかったんだ。自分にとって彼女がこんなに大切な人だったなんて」

 

 

 

 

 

いつだったかテレビで見たことがある。妻に先立たれた年配の男性を。

男が1人残された悲しみや寂しさを。

 

亡くしてからでは遅い。遅いのだ。

 

 

どうか皆さん、今一度考えてみてください。ご自分のパートナーとの事を。

僕も考えてみますから。

 

 

 

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【ラブ・アクチュアリー】 離婚の後遺症

恐ろしいほど素晴らしい映画を観た。

しかし、そのレビューを書くつもりはない。

今回は少しカミングアウトな内容になる。興味のある方だけ、読み進めて頂きたい。

 

 

 

恐ろしいほど素晴らしい映画を観たが、なぜか僕はその素晴らしさを表現することが出来ない。

恐ろしいほど素晴らしい映画を観たが、なぜか心がモヤモヤする。

 

 

映画冒頭からずっと続く、穏やかでコミカルで、ちょっと切ない雰囲気。

その場にいるかのように、伝搬してくる温かな空気。

小分けにされた別々の人たちの小さな物語。

交差する和やかなジョーク。小気味よく転がっていく展開。リズム。

 

日々の日常に、ちょっとだけ味付けされた物語が、映画として展開していく。

「これだな」と思った。モヤモヤの原因が。

 

 

 

『ちょっとだけ味付けされた物語』

僕が失ったものだ。僕も以前は持っていたものだ。

代り映えしない日々の中にも、小さな幸せがあった。

しかしそれを、自分が望んで失った。

 

 

あの時は、自分の日常を、『代り映えしないつまらない日々の繰り返しと、突如として妻から持ち込まれる、意味不明なトラブル』が永遠と続くのだと思っていた。

何らかの手を打たないと、子供もろとも巻き添えをくって、深い穴に落ちて、這い上がれなくなると思っていた。

 憎しみは無いが、呆れていた。軽蔑していた。馬鹿な女だと思っていた。

だから僕たちの物語は、『離婚』という結末で終わった。

 

でも、残念ながら、悔しいことに僕は、そんな彼女をしっかりと愛していたんだ。この映画を観ているうちに気づいてしまった。

 

 ずっと認めたくなかった。この事を。

いつしか愛は消えたのだと思っていた。思いたかった。

 でも違った。

僕は離婚直後まで、もしかしたらその後も、彼女を愛していたのかもしれない。

 

4年経った現在の自分に、問いかけようとは思わない。

考えたくないから。

喜劇では済まないあの日々を思い出すのは、もうごめんだ。

 

 

 

最初から最後まで、僕の理想にピッタリで、まるで映画のような映画だった。だからこそ気づかされた。気づいてしまった。

絶対に取り戻すことが出来ないから、心に蓋をして、なんなら無かったことにしようと力づくで封印したはずの感情に。

 

離婚してから僕は変な夢を見るようになった。

夢の中で僕は、泣くのをこらえている。強烈で猛烈な感情が込みあがってきて、今にも泣きだしそうな自分を押さえつけている。ずっと、ずっとこらえている。

そして汗をかいて目が覚める。涙を強く強くこらえている自分はそのままに。

興奮していて、しばらく眠れなくなる。

 

 この夢の原因も、これで解決した。

 

 

 

死別とは違い、ただの離婚だ。

しかしそこに『心の壊死』があることを知った。

『人を想う』気持ちは、どんどん心に浸透していく。心の領域に拡大して、いつしかかなりの面積を、体積を占める。

離婚でそれが、ごっそり無くなるのだ。心の中を占めていた領域が壊死する。

壊死しても、細胞は残る。部分的な機能不全になる。

これが今の僕の状態だ。あの夢の意味だ。

 

 

どうやったってぬぐい切れない『悲しみ』が、心の壊死の後遺症。

心に穴が開くならまだ可愛い。穴になって消えてくれるのなら。

しかし壊死したままの細胞は消えることなく残る。記憶と相まって。

 

 

現状の自分を悲観している訳じゃない。それなりに楽しい日々を過ごしている。心の全てが壊死したわけでもないし。

でも、次の壊死には耐えられそうにない。

それが怖い。とても。

 

 

だからきっと、次に人を『想う』ときは命がけになるはず。

次に訪れる『想い』が、今の壊死した部分を治療してくれれば、それが理想。

 

離婚して4年も経過したが、積極的になれない理由を理解できて良かった。

自分でも認識していなかったから。

 

  離婚とは、こういうものです。

 

 

 

 

気を付けなはれや!!!

 

 

 

小さなプレゼントが何個も詰まった作品です。

宜しければ、皆さんもどうぞ。

 

 

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報われることのない反省【後悔しない離婚】

離婚して4年が経過した。
『キツさ』も徐々に和らいで、やっと普通に「離婚しました!」と元気よく、他人に言えるようになった。

僕から切り出した離婚だ。未来の展望も夢も希望もあった。計画を練りに練っていた。大きなもめ事にもならなかった。
なのにあの『キツさ』は何だったのか。


じっとしてても、頭の中に止めどなく沸き上がってくる思い出。その中には苛立ちや憎しみや悲しみが、至るところに散らばっている。
その出来事一つひとつの欠片が、僕の胸に刺さったままであることに気づいた。
それがこの『キツさ』の原因である。




僕の胸に刺さった欠片を抜けなくしているのは、『反省』というカサブタ。
ああすればよかった。こうすればよかった。こんな伝え方もあった。
そんな成分で周囲を固められた欠片は、いつまでも抜けることがない。



反省とは、己を改善して次のチャンスに使用するために行う。でも今の僕には妻がいない。思いっきり傷つけてしまった妻の心を、傷を癒してあげることは出来ない。そして、反省を生かすために、寄りを戻そうとも思わない。
妻との関係において、今の僕には後悔はないのだから。


記憶を消さない限り、思い出は消えない。思い出が消えないのであれば、反省も消えない。
けっして報われることのない反省。


今でもたまに『キツさ』に襲われることがある。
やはりまだ反省が続いているのだ。


わずか42歳にして、結婚歴が18年もある僕は、おおよそ人生の半分を妻と過ごしてきたことになる。
18年という長い時間の中には、反省が所々に散らばっている。
しばらくの間はまだ、刺さったままの欠片が、時たま僕の心を刺激して、報われることのない反省を繰り返させるだろう。





あの休日の日、スポ少で・・・責めてしまってごめん。




あの日の朝、キッチンで・・・イライラしてごめん。




あの日の夜、ベッドで・・・・・・








変なとこ噛んでごめん
m(_ _)m




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人生に三回訪れるチャンスの一回目の話【モテキ1回目】

 

息子が2歳の時、風邪をこじらせて入院した。今から20年近く前の話。

 

その日の僕は、先輩と約束があり飲みに出かけることになっていた。

病院に付き添う妻と、風邪で苦しむ息子に、申し訳なさを感じながら、しかしどうしても先輩との飲み会を断ることはできない。

 「僕がいたからって、風邪が治るものでもないし・・・」こんな言い訳を自分にして、先輩との『サシ飲み』が決行された。

 

 

4歳年上の先輩。ロン毛で見た目はサーファー。しかしサーフボードを持った姿は見たことが無い。巷で流行りの『丘サーファー』ってやつなのだろう。

だが見た目のチャラさとは違い、先輩は仕事の話を僕にしたくて誘ってくれたのだ。

 

優しいダメ出しと、分かりやすい説明と、手が届く範囲の目標設定と、仕事上の優先順位の説明を、運ばれてくる美味しい料理に挟みながらお酒を飲んだ。時間はあっという間過ぎていった。

 

 

 

2件目は、先輩の友達がやっているBar。

ちょっと危ない雰囲気がする店。マスターが先輩の友達。

正直言って先輩は恐い。そしてマスターも。

この店、なんだかアンダーグラウンドな雰囲気がプンプンする。

 

お店には先客がいて、カウンターに女性が二人座っていた。

僕たちが席に着いたとたんに、先輩がその女性たちと話し始めた。

どうやら知り合いらしい。先輩よりは少し年下かな。僕と同じ年齢だろうか。

 

1軒目とは違い、今度は仕事の話は一切無し。

丘サーファーの実力発揮って感じで、女性たちとの会話の波に上手に乗っている。僕はその後ろを付いていく。

女性を含めた僕たち四人の楽しい時が過ぎていった。

 

どのぐらい時間が経ったのだろう。突然先輩と一人の女性が会計を済ませて店を出ていった。「じゃあ、行くから」

 

ん?どういうこと?先輩帰るの?

僕は慌てて立上り、先輩に挨拶をした。

「今日はありがとうございました。ご馳走さまでした。」

早口で言ったつもりだったが、先輩の背中は店の外に消えた。

 

初対面の女性と僕は、二人きりで店に取り残された。

「どこ行ったんだろうね?」との僕の問いに彼女は「さあ」と答えた。

 

とても僕は困った。こんなところに二人で取り残されても話すことが無い。帰るにも帰れない。帰るタイミングすら分からない。友達から置いて行かれた彼女も可哀そうだし。

友達は何考えてんだ?イミフすぎる。

 

そのうち場が持たなくなってきた。とても気まずくなってきた。

思い返すと先輩は「帰る」とは言っていなかった。

「電話してみる」と言って僕は、先輩の携帯を呼んだ。しかし、まったく出てくれない。

 

しつこく何度も呼び出しをかけたら、やっと出てくれた。

「お前たちも来いよ」

まったく意味が分からない。じゃあ初めっから一緒に連れて行ってくれればいいのに。

しかし、とりあえずこれで気まずい空気から解放される。

自分の携帯で何やらメールを打っていた彼女に「行こうか」と声をかけ一緒にBarを出た。

 

「なんだか6丁目の方にいるらしいから、行ってみようか」

僕の問いかけに快く応じてくれた彼女。

 ところで6丁目ってどこなんだろ?と立ち止まった僕に「あっち」と彼女は指さしで教えてくれた。

 

 

お店を出て彼女と並んで歩いた。週末の川反は人が沢山歩いていて、ぶつかりそうになる。並列してこっちに向かってくる酔っ払いたち。それを避けるようにして歩く僕たち。

必然的に彼女を守るために僕が近くに寄り添う形になる。

 

いきなり手を繋がれた。隣の彼女を見るとニコリと笑った。

僕の肩ぐらいの背丈しかなく、小さくて可愛い人だ。ブスの僕とは不釣り合い。

多分酔ってるのだろうと思い、しかたないからそのまま手を繋いで歩いた。

 

両脇に連なるビルのネオン。すれ違う人の群れ。通り過ぎるタクシーの排ガスの匂い。

田舎者の僕がこんな所にいるなんて、ちょっと信じられない。

親元を離れ、自立できた自分を実感して、若干22歳の若造ながら、大人になったような気がして、なんだか感慨深い気持になっていた。

 

 

しばらくすると見覚えのある風景。いつも通ってくる5丁目の橋が見えた。

その橋を左手に見て通り過ぎると6丁目らしい。

 

 

 

 

!!!!!!!!

 

 

 

思わず僕は立ち止まり、彼女の顔を見た。

落ち着いた様子の彼女は「私はいいよ」と言った。

 

 

 

 

 

やっと意味が分かった。理解した。 了解! ラジャ!

6丁目とは、風俗とホテルが並んでいる通りだ。

先輩と先に出ていった女性はホテルに行ったのだ。

 

『絶好のチャンス』とはこのことだ。『棚からぼた餅』とはこのことだ。

どちらの模範解答としても、教科書に載せることができるレベル。

家に妻はいない。僕の帰宅時間を知るすべもない。傍らの女性は可愛い。しかも、くどく手間もなく了承済み。

 

普通なら、普通の男性ならここで、迷わずゴチになるシーンだ。鼻の下が伸びすぎて、地面に唇が落っこちる場面だ。

しかしこの時の僕は、入院している息子を思い出していた。付き添っている妻を思い出していた。まったく不純な気持ちが湧いてこなかった。

 

僕はそのまま彼女を駅まで送った。

 

 

 

20年経った今、あの時の事を考えると、僕と手を繋いでくれた女性に、とても失礼な事をしてしまったと思う。その人は僕が既婚者であることを知らなかったし。

そもそもこの時の僕はまだ22歳で、一般的には結婚している年齢ではない。質問しなかった彼女は悪くない。ただし僕は指輪をしていたが。

 

どうですか皆さん。僕が如何に真面目でピュアな男であるのか、ご理解頂けたと思います。いるんですよちゃんと、世の中には。

こんな場面が訪れても浮気をしない男が。

 

その後、風邪を引いた息子を見ると、たまに思うんですよね、この時の事を思い出して。

 

いや~ もったいねぇ~~~!って。

 

男性諸君は、激しく同意でしょ?

 

 

 

 

※安心してください。

先輩と一夜を過ごした女性は、この数年後にしっかり先輩と結婚しました。

 

 

少しでも誰かの心に響けたら!!

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【天童・ラフランスマラソン】約束を交わさない別れ 最高に素敵な『ハズレ』

 

二人ほどが並べる幅がある列に僕は入った。

二人並んで進んだとしても、発行するのは一人ずつなので、結局進むのが遅い。

どんなルールで処理をしているのか分からないが、僕の前が進んだり、隣の人たちだけが進んでみたりと、完走証の発行はランダムに行われているようだ。

 

しばらくすると僕の列自体が動かなくなった。どうやらプリンターの故障らしい。。。

渋滞ながらも少しは動いていた人の流れが急に止まり、前の人との間隔が詰まってくる。その詰まる流れで、またしても隣だけが前方に進んでいく。

 

どう見ても流れがいいのは僕の隣。

羨ましく思っていると、僕を通り過ぎてすぐに振り返った人がいた。

そして話しかけてきた。「あぁ、やっぱり! この間はどうも。」

 

なんと先日の二ツ井マラソンで声を掛けてくれた年配の男性だった。

こんな所でまた出会うなんて奇跡みたいなものだ。

 

前回の出会い↓

www.hontoje.com

 

前回は秋田県内だったが、今回は山形県天童市まで来ていた。

7000人を超える規模の大きな大会で、会場のどこもかしこも人でごった返している。

 それもそのはず。集まるのはランナーだけではない。出場するランナーの家族や関係者も同伴している。人数だけなら一万人は超えているかもしれない。

 

『DNソフトスタジアム山形』という、プロサッカーチームのモンテディオ山形がホームグラウンドとして使用している場所が主会場。

駐車場も5000台以上が確保され、いかに大きな大会であるかが分かる。

 

この規模の大会では、知り合いと出会う事すら稀。たとえ同じ会場にいたとしても、連絡を取り合っていなければ、ほとんど遭遇することは無い。

なのに、また会えるなんて、まさに奇跡。

 

「私はイセキといいます。もしよかったらお名前を・・・」

「ミフケタといいます!」

僕は興奮して、ちょっとかぶせ気味で名乗った。

 

進まない列が、僕たちにとっては丁度いい時間を作ってくれた。

その年配男性はやはり、同じ秋田県の人でなんと僕の叔父さんと知り合いだった!

話はますます弾んだ。今後の大会出場予定や、これまでに出た大会をお互いに教え合ったり。

そうるすと今度は、僕の前の男性が振り返った。「その大会、僕も出ました!」

僕と年配男性が口にした『メロンマラソン』は、真夏に行われる過酷なハーフマラソンで有名。その大会に反応したのが、その人だった。

 

今度は3人で話が弾んだ。振り返ったその人は東京に住んでいて、なんとわざわざ今日も車で来たようだ。山形どころか、秋田県内の大会であるメロンマラソンにまで、来てくれている。

 

3人で盛り上がっているうちに、代替えのプリンターが用意され、完走証の発行が再開された。

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年配男性とは今回で2度目。東京の男性とは初対面である。

どちらも、共通の知人を介しての紹介でもなく、たまたまその場に居合わせただけの繋がり。

 

やはりマラソンとは、不思議な一体感をもたらしてくれる素敵なスポーツだ。

前回の記事の一部を繰り返させてもらいたい。

 

たかが趣味の集まりなのに、見ず知らずの人たちを一瞬でも『仲間』だと感じさせてくれる、友達のように『親近感』を感じさせてくれる、時には『恋人』のようにサポートし合える、こんな気持ちを共有できるスポーツがマラソン。

 

スタートしてしまえば、誰の手も借りることは出来ない。最後は苦しさに、辛さに耐えて一心にゴールを目指す。

皆同じなのだ。同じ気持ちなのだ。このことが『不思議な一体感』を与えてくれる要因なのかもしれない。

 

 

 

「それではまた今度!!」

1人ずつ完走証を手にして、互いに挨拶を交わし、その場を後にした。

もう二度と会わないかもしれない、もしかしたらまた会えるかもしれない。そんな、約束を交わさない最後の挨拶が、少しだけ切なかった。

 

 

「今日も素敵な出会いがあったな」

なんだか本当に嬉しくて、ちょっぴり期待ハズレ・・・

 

 

 

 

 

 

良い奇跡が続きますように!

 

 

 

少しでも誰かの心に響けたら!!

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

スポーツの秋には素敵な出会いがありました

「ありがとうございました」

 

突然声をかけかれた。

その時の僕は、膝に手を当てて下を向き、最大級の悔しさが、落胆が体の中で爆発し、それが、そのエネルギーが体外へ放出しないように、目を閉じて周囲を遮断し、暴れる獣を押さえつけている時だった。

 

振り返ってみるとそこには、短髪で白髪の男性が立っていた。

「ああ、さっきはどうも。こちらこそありがとうございました。」

 

僕の返事に笑顔で返してくれたその男性。

きっと年齢は65歳を超えている。しかしその仕上がった体は、首から上を切り取れば、僕と同じ年代に見える。

体のどの部分も、脂肪が少なくて、少し筋張った筋肉は見た目以上に柔らかそう。

姿勢のいいたたずまいは、どこかオーラを発していて、『紳士』という言葉が頭の中に浮かんだ。カッコいい年配男性だ。

 

「いや~。お互い気持ちよく走ってたんですけどねぇ。残念です。」

その男性は、はにかんだ笑顔をして僕に言った。

 

何の事なのか直ぐに分かった。最初に僕に言ってくれた感謝の言葉も含めて。

その男性とはレースの途中まで一緒に走った。

互いにペースが一緒で、並走する場面もあれば、どちらかが少し前に出て後ろを引っ張るときもあった。

この『引っ張る』という行為。マラソンを始めてから知った言葉だ。

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※高橋尚子さんがいた!!

 

長い時間、一定のペースを維持することを求められる時、自分が先頭だと疲れる。スピードに対する目標物がなく、自分の感覚を常に意識しながら走らなければならない。

『引っ張る』という行為は、ペース維持の目標物になることで、後続の疲れを緩和する行為。後続は無心で走ることができ、余計なことを考えなくて済む。とてもありがたいのだ。

プロの大きな大会になると『ペーサー』というゼッケンを付けて、30キロ付近まで選手を引っ張るランナーを目にすることがあると思う。まさにこの事だ。

 

 

僕と年配の男性は、この大会で互いにこの役割を交代で行った。

別に僕たちが先頭集団などではない。そんなレベルでもない。

前方からダラダラと伸びるランナー集団の、どこか途中の中途半端な位置で走っていた。まさに、銀河系の端っこの太陽系みたいな位置だ。

 

ただ僕たちは互いにペースが一緒だった。本当にぴったりと一緒だった。

だから一言も言葉を交わさないのに、僕らは自然に『役割』を共有したのだ。

これが冒頭で僕に言ってくれた『ありがとうございました』の意味だ。

 

 

そして二番目に男性が発した「いや~。お互い気持ちよく走ってたんですけどねぇ。残念です。」の意味なのだが、本当にちょっと残念なことが起きた。

 

僕たちは途中で役割を終えた。

僕が男性に付いていけなくなったのだ。いつもの『不調』ってやつ。ここ数年続いている『例のあれ』ってやつ。

 

男性の背中がどんどん遠ざかっていく。

本来の僕なら、なんなく付いていけるスピードなのだけれど、今の僕は『本来』からは程遠い。そしてそのまま男性は見えなくなった。

 

とぼとぼと、まさに『とぼとぼ』と走りながら僕はラスト1キロまでたどり着いた。

すると前方に見覚えのある姿が。

あの男性が歩いていた。足を引きずっていた。

 

『あっ!』と思ったが、知り合いでもなく、別に言葉を交わしたわけでもない。そして情けないことに僕には声を発する余裕もない。

そのまま通り過ぎてゴールした。

本来なら、アクシデントが無かったら、男性の方が先にゴールしていた。でも結果的に僕が先にゴールすることになった。

これが「いや~。お互い気持ちよく走ってたんですけどねぇ。残念です。」の意味だ。

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マラソンって本当に過酷なスポーツで、僕はどこかの段階で趣味以上になってしまって、そしてそんな人たちが沢山集まるのがマラソン大会。

こうなるとみんな、何かを犠牲にしながらトレーニングを積んで集まってくる。そこには各々のドラマがあり、想いがある。

だから僕は途中で歩いてしまった男性の気持ちが、凄く分かる。理解できる。

男性のはにかんだ笑顔の奥に隠れた悔しさは、また次の大会へと挑む、人生を豊かにする活力になる。

 

その後、僕たちは少し会話をして、最後に「またどこかでお会いしましょう!」って元気に挨拶をして別れた。

 

 

 

僕はこの男性のお陰で改めてマラソンの素晴しさを実感することができた。

たかが趣味の集まりなのに、見ず知らずの人たちを一瞬でも『仲間』だと感じさせてくれる、友達のように『親近感』を感じさせてくれる、時には『恋人』のようにサポートし合える、こんな気持ちを共有できるスポーツがマラソン。

だからこそ男性は、見ず知らずの僕に気軽に話かけてくれた。

これって、とってもとっても素晴らしいことだ。素敵な出会いだ。

 

僕はこれからもマラソンを、できる限り長く続けていこうと思う。

マラソンを通して人生を豊かにしていこうと思う。

色んな意味で!

 

 

 

 

 

 あれ?

僕がお願いしてたのは、『男性』じゃないんだけど・・・

 

 

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マジで恋する5秒前【結婚と子供の大切さ 生殖能力を失った男】

僕の後輩に、ザキヤマみたいなやつがいる。

見た目ではなく、喋り方が。

 

彼の朝の挨拶は「おざ~す!おざ~っす!!」だ。

イラっとする。

 

仕事で何かを頼むと。

「あれ、頼むな」

「から~のぉ?」

「からの?ってなんだよ。ウザイなお前」

「さっ、さぁ~せんm(__)m」

 

 からのって何????それ以上ねぇよ。

 暑苦しいしイライラする。これは僕の年齢のせいではないはずだ。

 

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彼とは、仕事でたまに会うだけの関係。下請けってやつだ。

出会う頻度は、数か月おきとか、数年おきとか。

決して悪いやつではない。仕事は真面目でしっかりこなす。

他人に紹介するなら『真面目で面白いやつ』でいいだろう。

 

 数年前に会った時に、結婚したとは聞いていた。

ふざけた野郎だが、仕事に向き合っているときの真剣な顔は、まぁそれなりにいい顔をしている。

律儀な奴でもあり、毎回ではないが、現場で会う初めの日には、わざわざ手土産まで持ってきたり。

ガテン系の割に、笑顔が可愛いところは、認めてやってもいいかな。

きっと気持ちも優しいんだろうよ。

そういうところ。女性って見てるのかな。感じてるのかな。

 

 「俺、結婚したんすよ~。あざ~っす!」と言っていた笑顔にムカついたが、嬉しかったのを、今でも覚えている。

 

 そんな『ザキヤマもどき』と、久しぶりに再会した時の話。

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僕は朝が早い。現場に到着するのが誰よりも早いのだ。

そんな僕と競うかのようにザキヤマは現場に来た。数年ぶりの再会。

 

「おざ~っす!」

「おはようございます。だろ」「いい歳こいて、まだまともに挨拶もできないのかよ」

屈託のないザキヤマの笑顔に、僕も笑顔で返す。

 

早朝の空気は澄んでいて清々しいが、ザキヤマはウザイ。

まだ時間もあるし、打合せ前の打ち合わせ的な意味も込めて、ちょっと話そうかと、缶コーヒーを買って渡した。

 

ザキヤマと話すのだ。すっきりしたい。もちろんブラックコーヒーでしょ。

彼の好みも聞かずに、渡してやったよ。

「マジすか? いいんすか? あざっす!」

 

・・・・・ウザイ・・・

 

休憩所で久しぶりにザキヤマと対面した。

さすがに老けたな。。。まぁお互い様か。

 

雑談から始まり、軽い仕事の話をして、また雑談に戻った。

仕事の話を聞いているときの真面目な顔は、以前より深みを増していた。

 

なんだよ、真面目な顔ができるようになったのか。

意味もなくちょっぴり寂しさを感じた。

 

やっぱりお互い歳をとったのだ。

 

そういえば、そろそろ子供も大きくなっただろうと思い聞いてみた。

しかし雑談とはいえ、こんな事を聞いた僕が馬鹿だった。

 

「離婚したっす」

 

 

ここまではよくある話であり、僕も人の事は言える立場じゃない。

この後が問題。

 

結婚してから少し経ったザキヤマは、病気になり生殖能力を失った。

奥さんの事は、心底好きで、愛していて、子供は諦めざるを得なくても妻がいる。

こんな自分と結婚してくれた妻に感謝し、大切にしてきた。

 

「でもっすね、先輩。子供が欲しいって言われて。。。」

 

病気の治療中に生殖能力を失ってしまったザキヤマ。

発病後、一緒に病気と闘ってくれた妻だったが、完全回復する病でもなく、通院しながら普通の生活ができるまでにはなった。

安定した日々を送れるようになり、体の心配がなくなったところで、妻から告白されたらしい。

 

彼女が、妻が言った「子供が欲しい」は、何個かの意味が含まれている。

田舎特有の世間体。女性としてのプライド。平凡な家庭という憧れ。我が子の成長という喜び。

 

最愛の妻からこぼれた一言に、ザキヤマは即答した。

「じゃあ、離婚しよう」

 

この一言は、妻に対する憎しみや悲しみから発せられたものではない。

『こんな俺』と結婚してくれた、ザキヤマの妻に対する最大限の感謝の気持ちだったのだ。

 

 

淡々と話すザキヤマを見て、目を合わせる事ができなくて。

僕を度々襲う吸魔に対して、アイコスの充電が追い付かないのに、苛立ちを覚えるぐらい、やるせない気持ちになった。

 

『悲劇』とは、なにも戦争だけに起きてるわけじゃ無い。

普通に、真面目に生きている人にだって、突然悲劇は舞い降りる。

男として、ザキヤマの気持ちが痛いほど理解できた。

細くて長い針が、僕の胸の深いところにゆっくりと刺さっていく。そんな感覚を覚える話だった。

 

 

ちょっとうつむき加減で話を聞いていた僕に、ザキヤマは最後まで話をしてくれた。

 

彼女は無事に結婚し子供を授かった。

お互いに連絡は取り合っていて、そのことを旦那さんも理解してくれていて、友達のように、親友のように今でも仲がいいのだそうだ。

 

 

 

いつの間にか僕はザキヤマの目を見ていた。

「強いな、お前」

心の中でそうつぶやいた。マジでそう思った。

 

僕の目を見返すザキヤマの瞳は真っすぐ僕を捉えていて、その目を、顔を見ているうちに鼻の奥がツンとしてきて、涙が出そうになった。

 

焦りを感じた時に、休憩所の外で音がした。

他のスタッフが出勤してきたのだ。

「お!来たな!」

視線をそらし、その場を逃げるように僕は、休憩所から外に出た。

 

 

 

朝の澄んだ空気と、太陽の光がとても、とても気持ちよかった。

男気と愛する人への本物の優しさを兼ね揃えたザキヤマをカッコいいと思った。

 

助かった。

スタッフが来るのが、あと5秒遅かったら僕は、ザキヤマに恋するところだったぜ。

 

 

 

生きてりゃいいことあるって! なぁザキヤマ!!

 

 

少しでも誰かの心に響けたら!!

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。