僕の後輩に、ザキヤマみたいなやつがいる。
見た目ではなく、喋り方が。
彼の朝の挨拶は「おざ~す!おざ~っす!!」だ。
イラっとする。
仕事で何かを頼むと。
「あれ、頼むな」
「から~のぉ?」
「からの?ってなんだよ。ウザイなお前」
「さっ、さぁ~せんm(__)m」
からのって何????それ以上ねぇよ。
暑苦しいしイライラする。これは僕の年齢のせいではないはずだ。
彼とは、仕事でたまに会うだけの関係。下請けってやつだ。
出会う頻度は、数か月おきとか、数年おきとか。
決して悪いやつではない。仕事は真面目でしっかりこなす。
他人に紹介するなら『真面目で面白いやつ』でいいだろう。
数年前に会った時に、結婚したとは聞いていた。
ふざけた野郎だが、仕事に向き合っているときの真剣な顔は、まぁそれなりにいい顔をしている。
律儀な奴でもあり、毎回ではないが、現場で会う初めの日には、わざわざ手土産まで持ってきたり。
ガテン系の割に、笑顔が可愛いところは、認めてやってもいいかな。
きっと気持ちも優しいんだろうよ。
そういうところ。女性って見てるのかな。感じてるのかな。
「俺、結婚したんすよ~。あざ~っす!」と言っていた笑顔にムカついたが、嬉しかったのを、今でも覚えている。
そんな『ザキヤマもどき』と、久しぶりに再会した時の話。
僕は朝が早い。現場に到着するのが誰よりも早いのだ。
そんな僕と競うかのようにザキヤマは現場に来た。数年ぶりの再会。
「おざ~っす!」
「おはようございます。だろ」「いい歳こいて、まだまともに挨拶もできないのかよ」
屈託のないザキヤマの笑顔に、僕も笑顔で返す。
早朝の空気は澄んでいて清々しいが、ザキヤマはウザイ。
まだ時間もあるし、打合せ前の打ち合わせ的な意味も込めて、ちょっと話そうかと、缶コーヒーを買って渡した。
ザキヤマと話すのだ。すっきりしたい。もちろんブラックコーヒーでしょ。
彼の好みも聞かずに、渡してやったよ。
「マジすか? いいんすか? あざっす!」
・・・・・ウザイ・・・
休憩所で久しぶりにザキヤマと対面した。
さすがに老けたな。。。まぁお互い様か。
雑談から始まり、軽い仕事の話をして、また雑談に戻った。
仕事の話を聞いているときの真面目な顔は、以前より深みを増していた。
なんだよ、真面目な顔ができるようになったのか。
意味もなくちょっぴり寂しさを感じた。
やっぱりお互い歳をとったのだ。
そういえば、そろそろ子供も大きくなっただろうと思い聞いてみた。
しかし雑談とはいえ、こんな事を聞いた僕が馬鹿だった。
「離婚したっす」
ここまではよくある話であり、僕も人の事は言える立場じゃない。
この後が問題。
結婚してから少し経ったザキヤマは、病気になり生殖能力を失った。
奥さんの事は、心底好きで、愛していて、子供は諦めざるを得なくても妻がいる。
こんな自分と結婚してくれた妻に感謝し、大切にしてきた。
「でもっすね、先輩。子供が欲しいって言われて。。。」
病気の治療中に生殖能力を失ってしまったザキヤマ。
発病後、一緒に病気と闘ってくれた妻だったが、完全回復する病でもなく、通院しながら普通の生活ができるまでにはなった。
安定した日々を送れるようになり、体の心配がなくなったところで、妻から告白されたらしい。
彼女が、妻が言った「子供が欲しい」は、何個かの意味が含まれている。
田舎特有の世間体。女性としてのプライド。平凡な家庭という憧れ。我が子の成長という喜び。
最愛の妻からこぼれた一言に、ザキヤマは即答した。
「じゃあ、離婚しよう」
この一言は、妻に対する憎しみや悲しみから発せられたものではない。
『こんな俺』と結婚してくれた、ザキヤマの妻に対する最大限の感謝の気持ちだったのだ。
淡々と話すザキヤマを見て、目を合わせる事ができなくて。
僕を度々襲う吸魔に対して、アイコスの充電が追い付かないのに、苛立ちを覚えるぐらい、やるせない気持ちになった。
『悲劇』とは、なにも戦争だけに起きてるわけじゃ無い。
普通に、真面目に生きている人にだって、突然悲劇は舞い降りる。
男として、ザキヤマの気持ちが痛いほど理解できた。
細くて長い針が、僕の胸の深いところにゆっくりと刺さっていく。そんな感覚を覚える話だった。
ちょっとうつむき加減で話を聞いていた僕に、ザキヤマは最後まで話をしてくれた。
彼女は無事に結婚し子供を授かった。
お互いに連絡は取り合っていて、そのことを旦那さんも理解してくれていて、友達のように、親友のように今でも仲がいいのだそうだ。
いつの間にか僕はザキヤマの目を見ていた。
「強いな、お前」
心の中でそうつぶやいた。マジでそう思った。
僕の目を見返すザキヤマの瞳は真っすぐ僕を捉えていて、その目を、顔を見ているうちに鼻の奥がツンとしてきて、涙が出そうになった。
焦りを感じた時に、休憩所の外で音がした。
他のスタッフが出勤してきたのだ。
「お!来たな!」
視線をそらし、その場を逃げるように僕は、休憩所から外に出た。
朝の澄んだ空気と、太陽の光がとても、とても気持ちよかった。
男気と愛する人への本物の優しさを兼ね揃えたザキヤマをカッコいいと思った。
助かった。
スタッフが来るのが、あと5秒遅かったら僕は、ザキヤマに恋するところだったぜ。
生きてりゃいいことあるって! なぁザキヤマ!!
少しでも誰かの心に響けたら!!
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。