「住所教えてもらえれば、携帯見ながら向かいます」
11月の夕方は日暮れも早くて寒い。
厚着をし、僕は田山さんの家に向かった。
少し高級な日本酒と、友達に教えてもらったワインを背中のバッグに入れて、自転車をこぐ僕は、ちょっぴり不安を感じている。
田山さんとは、行きつけの飲み屋で知り合った。
年齢は僕より20歳も年上。
テレビ局で仕事をし、奥さんを数年前に亡くした。病気だったそうだ。
今は一人暮らし。
行きつけの飲み屋では、カウンターに座る田山さんを見つけると、遠慮なく隣に座って乾杯をする。
ここでなら、なんの気兼ねも無く、年齢差も関係無く話をし、笑い合い冗談を言える。
飲み屋という場の雰囲気と、お酒の魔力が、他人との垣根を取り払ってくれるから。
でも今日は違う。僕は田山さんの自宅に向かっている。
「大丈夫かな・・・」
小路の交差点で自転車を止めて、携帯の地図をみた。
道を間違っていないかという不安と、自宅でサシ飲みする不安とが、心の中でグルグル回った。
満月に向かうのか新月に向かうのか分からない、半分欠けた月が僕を見ている。
その明かりのお陰で、迷わず田山さんの自宅に到着できた。
表札を確認する。間違いなく田山さんの自宅だ。
田山さんとは全くの他人。仕事の絡みも無ければ、町内も違う。
『飲み屋で出会って親しくなった人』という微妙な関係が、インターホンを押す僕の指をわずかに震わせる。
指をそのままに、大きく深呼吸して、その勢いでボタンを押した。
玄関のドアを開けると、いつもの笑顔で田山さんが迎えてくれた。
緊張を隠した僕は「一人では持てあます広さですね」だなんて、部屋の大きさを見たとたんに失礼な事を言ってしまう。
慌ててバックからお土産の品を取り出して手渡した。
「今日はお招きいただき、ありがとうございます」
リビングの食卓には、もう料理が運ばれていた。
全て田山さんの手作り。
酒のつまみにピッタリな料理がずらりと並んでいる。
何を隠そう田山さんは食通。自分で作るのが好きなのだと、飲み屋で聞いてはいたが、こんなにしっかり作ってくれるなんて、驚きだ。
まずはビールでと、乾杯をして直ぐに冗談が飛び交う。
きっと田山さんも緊張していたのだ。
お酒が回ったころには、いつもの飲み屋と同じ雰囲気が僕たちを包んでくれた。
田山さんが僕に親近感を持ってくれた理由の一つが判明。
僕の離婚と田山さんの奥さんが亡くなった時期が同じだったのだ。妻がいない二人組。
そんな組み合わせに心を開いてくれた田山さん。そして話は奥さんへと移行していく。
芸能人のマネージャーをやっていた奥さんとの出会い。そして結婚。子供が生れて、その娘さんは東京で暮らしているらしい。
にこやかに話す田山さんの瞳が、ときたま揺れるのを僕は見逃さなかった。
寂しさに心が揺れている。そんな風に見えた。
自宅での飲み会は、どうやら毎週のように行われているようだ。
僕が感じたものを表す何よりの証拠。
田山さんが若いころの、ヤンチャなエピソードを聞いていると、自称ちょっと変わり者の田山さんに、お似合いの奥さん。
亡くなってまだ四年。されど四年。
この広い家で田山さんは毎日、どんな思いですごしているのだろう。
幸いにもまだ、テレビ局での仕事は続けている。しかしそれもあと数年。
ボケ防止の為に、前日に食べたものを思い出しながら、パソコンに書き溜めているのだと笑いながら僕に言う。
「見返す事なんてないのに、バカみたいだろ」
整ってはいるが、白髪の多い頭髪に言葉の真実味を感じてしまい、田山さんの未来を想像した僕は急に寂しさを感じた。
「これからも、たまにでいいですから、僕をまた誘ってくださいよ!」
僕はこの人との縁を大切にしよう。この出会いを大事にしよう。
自然とそんな想いが心をいっぱいにした。
※詳しく書けませんが、奥さんの記事が掲載されていると、自慢げに見せてくれました
翌日も仕事のある僕を気遣って、早めの帰宅を促しながら、最後の方に田山さんが話した奥さんへの想いが印象的だった。
「その時は分からなかったんだ。自分にとって彼女がこんなに大切な人だったなんて」
いつだったかテレビで見たことがある。妻に先立たれた年配の男性を。
男が1人残された悲しみや寂しさを。
亡くしてからでは遅い。遅いのだ。
どうか皆さん、今一度考えてみてください。ご自分のパートナーとの事を。
僕も考えてみますから。
少しでも誰かの心に響けたら!!
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。