「私、怒ってるんだけど」
※この話の続き
とりあえず僕たちは居酒屋を出た。幸子さんが店を出ると言ったから。
僕の前を歩く幸子さんは、急に振り返り、鋭い目を向けてきた。
何を怒っているのか?見当もつかない。
「ミフケタさん、なんで敬語なの?」「私の事、年上だと思ってるの?」
???????????
一瞬で頭の中がクエスチョンマークで埋め尽くされた。
店を出たという事は、次のイベントを考えなければならず、どうしても幸子さんを帰したくない僕は、居酒屋で会計をしたりと、店を出た手続きすら記憶に無いぐらいだ。
「いや、46歳ですよね?」
「やっぱりねぇ、そうだと思った。。。私はそう見えるんだ・・・」
僕の記憶では、いつだったか勇気を出して年齢を聞いた時、「4歳年上です」と言われた事を覚えている。
僕は42歳。じゃあ彼女は46歳だ。なにせ『美魔女』ですから。
幸子さんは、年齢不詳と表現してもいい。46歳にも見えるし、もっと下にも見える。
でも自分から4つ上と口にしたのだから、僕にはそのイメージしかない。
僕の知る唯一の美魔女と言えば『坂本美香』。彼女は僕と同じ年齢ではあるが、その時々で下にも上にも見える。インスタをフォローしてるぐらい、僕のお気に入りだ。
繁華街の道の端で、僕を見て振り返っている幸子さん。通り過ぎる人が僕たちをチラ見していく。それは道端で喧嘩している夫婦のように見えたからかもしれない。
不意に、幸子さんの後ろで光るネオンが目に入った。幸子さんの輪郭を濃く浮き上がらせて、僕に薄い影を向ける。
顔の陰影が消えた幸子さんはまた、別の意味で僕をドキドキさせた。
気づくと小さな雪が落ちてきている。風に流された雪が僕の頬に当たった。
「私は38歳です。4歳年下です。」
どうやら幸子さんは僕を試したらしい。
あの時は「それは無いでしょ!」って反応を期待していたか、もしくは「凄く若く見えますよ!!」っていう驚きを待っていたのかもしれない。
年齢を聞いた僕に対して彼女はわざと4歳年上だと言ったのだ。僕はそれを鵜呑みにした。その結果が今、彼女が怒っている理由となている。
こりゃ参ったな・・・どう言い訳すればいいのだろう。。。
ぽかんとしている僕に幸子さんは近寄ってきた。そして僕の袖をグイっとひっぱり、怒った表情で「私、今日は帰りたくない。だからもう一軒ごちそうして」と言った。
私、今日は帰りたくない
確かに幸子さんはそう言った。僕にはそう聞こえた。幸子さんの口元も、そのように動いていた。
「ラジャ。ブラジャー」
僕も確かにそう言った。敬礼しながら真顔で。
舞い上がる心を渾身の精神力で押さえつけて、年齢を間違えてしまった事を反省し、何かお詫びを!との意思を滲ませた表情で、さらには場を和ませようと、あえておやじギャグを飛ばした体で僕は、彼女の目を覗き込んだ。
「じゃあ、行きましょ」
僕の隣に並んだ彼女は、体を寄せて腕を組んできた。
どこに行くのか知らないが、僕はもう一軒こなした後、その後は超超久しぶりに『お泊り』が待っている。
おぉ娘よ。明日の弁当は自分で作るがいい。お父さんにはお父さんの人生があるのだ。いつまでも甘えてないで、たまには自分の弁当ぐらい自分で作ったらどうかね?
明日のお父さんには、君の弁当を作る余裕は無さそうだ。
信号で止まったついでに『明日は弁当無し』と娘にラインした。
幸子さんと腕を組みながら着いていった先は、見慣れたビルの下だった。見慣れているだけで入ったことは無い。『高級』で名の通った飲み屋が入っているビル。知らない人はいない。
「私、実はここでバイトしてるの」
この言葉で点が線に繋がった。幸子さんの話を聞いていて、モヤモヤとしていた心が、すっきりと晴れた。
全ての謎は解けた!じっちゃんの名に懸けて!!って感じ。
一介の事務員が、趣味でゴルフ。ブランド好き。年に数回の海外旅行。
有り得ない。
そういうことだったのだ。幸子さんは夜のバイトをしていた。
お金持ちのご両親をお持ちなのかと思っていたが、どうやら違ったらしい。彼女は自力で稼いでいるのだ。いいではないか。素晴らしいではないか。
自分の好きな事の為に、昼夜を問わず働いているのだ。
「行きましょ」
そのままビルの中へ入っていった。
エレベーターを上がり、何個かのドアを通り過ぎた後、正面にぶつかったドアを気軽な感じで開けて彼女は入っていった。
背広を着た数人の男性客が座っている。僕がたまに行くスナックのボックス席とは明らかに雰囲気が違う。
綺麗なドレスを着た女性が、男性客と談笑している。下品なカラオケすら鳴っていない。
カウンターに通された僕。隣に幸子さんが座った。
こんな所は来たことが無い。いや、正確には一度ぐらいだろうか。どこかの社長さんに同行した時以来だ。
『平服でお越しください』
今日の忘年会の案内には、そう書かれてあった。だから僕はスーツではない。完全なるカジュアルスタイル。このお店はきっと『クラブ』と呼ばれるところであろう。今日の僕の姿には、まったく合っていない。
ジワリと額に汗が滲んだ。
「何か飲みたいものある?」
幸子さんが僕に聞いてきた。
「任せます」
僕はバカだった。なぜ任せてしまったのか・・・・
この時の幸子さんは、お酒も入り色んな意味でボルテージが上がっていた。それは間違いなく僕も感じていた。
幸子さんはママに「特別なロゼ」と注文した。
出てきたのはドンペリの赤だった。
細いグラスに注がれたドンペリ。
小さな気泡が、液体の中から止めどなく昇っていく。
綺麗なピンク色だ。この色を見たのは人生で三回目。
二回目である前回は、どこかの社長さんとご一緒した時。
一回目である初回は、幼いころクリスマスの包装をされたサイダーだったはずだ。。。
あのサイダーは綺麗だったな。本当に綺麗だった。。。
ハイ、僕、完全にやられました、幸子に。
もう呼び捨てです。やられちゃいました・・・・
結果を発表いたします。
クラブで飲むドンペリのロゼ。いくらするかご存知ですか?
そもそもクラブに座った瞬間、いくらするかご存知ですか?
金額はあえて書きませんが、田舎のサラリーマンの財布に入っているような額ではありません。
幸子と知り合いということで、身元が明らかな僕は、「では後日」ということで、お店を出ました。取りっぱぐれる事は無いですからね。
もちろん幸子とは、ビルを出てからその場で解散しました。
タクシーを拾ってあげたりすることなく、回れ右してその場を去りましたよ。
ふざけんな!幸子!!お前は一生独身だ!!!男を何だと思ってんだ!!!
僕には一か月の猶予が与えられました。
そう!『期限の利益』です。一か月間は、返さなくていいのです。
ラッキー!!!
少しでも誰かの心に響けたら!!
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。