雨のち いずれ晴れ

ホントは寂しがりやのシングルファザーが叫ぶ! 誰かに届け!誰かに響け!!

期限の利益と男と女【綺麗なお姉さんは危険】

「何で帰るんすか?」

「え、タクシー」

「じゃあ僕、捕まえますわ」

 

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今しがたお開きになった忘年会は、主催者側の怠慢な気持ちが強く感じられる会だった。

 

忘年会らしい特別なイベントも無く、だらだらとした、ただの食事会。

代表者が1人ずつ丁寧に挨拶に回った後に、直ぐにいなくなった。

残されたその会社の社員たちは、何度も時計を見て、お開きの時間が来るのを待っている。

 

何故なのか平日に決行された忘年会。皆、翌日も仕事。

酒気帯び運転の取り締まりの事もあり、翌日に残るような深酒はできない。

よって、主催者側は二次会の段取りいらず。

めんどくささを『気遣い』という大義名分の裏に隠して、恒例の『無意味な忘年会』は、今年も幕を閉じだ。

 

「何なんすかね?毎年毎年。」

「こんなの、止めちゃえばいいのにね」

 

幸子さんは、仕事上で取引のある会社の社員。僕より4歳年上。

初めのうちは仕事で見かける程度の人だったが、この『無意味な忘年会』に何度か出席しているうちに、毎度顔を合わせ、僕と同じ犠牲者であることを知り、親しくなった。

 

そもそも幸子さんの会社も会社だ。取引のある企業の忘年会に、事務員を派遣するのだから。如何にこの忘年会が軽視されているかが伺える。

 

 

 

タクシーが来ない。

きっとこの時間帯は、僕らのように明日の出勤を気遣う人たちが一斉に帰宅を目指す時間であり、普段は閑散としたこの繁華街を主戦場とするタクシー会社の稼ぎ時でもある。

「さむ~い。。。」

マフラーをしていない幸子さんが、首をすくめる。

 

夜になると急に気温が下がる、降雪間近の秋田の夜。

待てど暮らせどタクシーは来ない。お寒い忘年会の後であり、本当なら酒で火照っているはずの僕の体は、まったくその様子もない。

 

「僕も寒いっす。。。どっか入りましょうか?」

 

 

この時間帯でのタクシーを諦め、僕たちは居酒屋に入った。

幸子さんとちゃんと話すのは初めて。なんなら、まともに顔を見据えたこともない。

なぜなら幸子さは、美人だから。

勤めている会社は地元でも大きいほうで、田舎者の僕からみると『都会のオフィスレディー』そのまま。

よく言うところの『高嶺の花』なのだ。

 

やっぱり人生は面白い。この容姿にして幸子さんは未婚。もういい歳なのに。

どこまで深い事情を聞きだしたらいいのか、迷いどころである。

だって、深い事情があるに決まってるでしょ。

 

幸子さんを正面に見据えて、居酒屋のテーブルを挟んで座った僕は、後悔した。

幸子さんは居酒屋にそぐわない。居酒屋の雰囲気に合わない。

周囲を見渡せば、がやがやとした騒音と、古びたメニューと、沸き立つタバコの煙。

 

寒さと下心で混乱した僕は、手っ取り早く目についた店に飛び込んでしまった。

いい歳こいたオジサンが、美人を目の前にして我を忘れたのだ。

 

やっちまったなぁーと思い頭をポリポリしながら、ビールで乾杯。

最初は互いの仕事の話を真面目にしていたが、意外に酒が強い幸子さんのボルテージは上がってきて、私生活にまで言及。

趣味はゴルフで、ブランド好きで、毎年海外旅行に何度も出かけるらしい。

 

 

こりゃ無理だな・・・・

 

 

僕は心の中でため息をついた。

時折携帯をチェックする幸子さんの手には、ビトンの携帯カバー。

それ以外のブランドを知らない僕でさえ、衣服を含め、身に着けている物がお高いオーラで輝いている。

 

 

『こりゃ無理だな』

そう。そうなのだ。他の男性もそう思ったのだ。

この秋田に、幸子さんのお気持ちを満たせる男性が、はたしてどのぐらいいるのだろう。どんな役職に着けば、幸子さんを満足させる金を稼げるのだろう。

どのぐらいの年収があれば、幸子さんと家庭を築けるのだろう。

 

幸子さんは決してお高くとまってはいない。物腰も柔らかくて、ニコニコ笑ったり、ケラケラ笑ったり、表情も豊かで、本当にかわいい。ずっと見ていても飽きない。

 

しかし、心を惹かれる美術品が高価なように、幸子さんの人生の時間を我が物にするためには、相当の金が必要そうだ。

インスタにでも投稿すれば、直ぐにでもフォロワーが爆増しそうな美魔女を目の前に置いて、僕の腕にくっついている安っぽい腕時計を見た。

 

メニューを開いている幸子さんは、こんな時間なのに帰る様子が伺えない。

「次、何にする?」

「そうっすね~」

 

僕が悩んでいるのは次の食べ物の事じゃない。

超久しぶりに、超超久しぶりに『お泊り』がしたくなった。

 

今日だけならなんとかなる。一晩だけなら自分を繕える。

 

財布の中身を思い出しながら、帰りにスナックのお姉ちゃんにばら撒こうと持ってきたお金にほのかな期待を込めた。

 

しかし、どう誘おうか。この手の女性に、なんと言えばいいのだろうか。

 

「ハハハァ!」

 

何やら僕に対して冗談を言ったのだろう。聞こえてなかったが笑いは返しておいた。

僕はもうそれどころじゃないんだから。

 

こうしている間にも、刻々と時間は過ぎていく。失敗したら、アンハッピーな疲れを引きづって明日の職務をこなさなければならない。

出来る事なら、ハッピーな疲れを抱えて、スキップで出勤したい。

 

時間は刻々と過ぎていくのだ。

 

そう思った時『期限の利益』を思い出した。

これはたしか、金融用語だったような気がする。

お金を借りた方は、利息を足して返済する義務があり、その利息で銀行は利益を得る。

しかし借りた方にも利益があるのだ。それが『期限の利益』。

借りたお金は、期日まで返さなくていいという利益だそうだ。

 

 

僕の目の前にはまだ、幸子さんが座っている。

彼女が『帰る』というまで、『タクシー拾って』と言うまで、僕にはチャンスがある。

誘い文句を考える期限がある。

幸子さんが帰ると言うまで、僕には帰さない利益がある。

 

「ちょっとチェイサー挟みますわ」

 

僕は下腹部にパワーを残すため、烏龍茶に切り替えた。

 

 to be continued

 

 

 

少しでも誰かの心に響けたら!!

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。