地球には男性と女性がいる。その身体的特性は、脳にまで及び、ホルモンの性質も相まって、互いの得て不得手を生み出している。そして、その事を補い合いながら生きている。
スポーツの世界においては、同じ土俵に立った時、その特性によりどうしても男性の方が有利である。そのはずなのだが・・・
僕はマラソン大会で、他人の『最高の瞬間』に立ち会うことが出来た。
その人は女性だった。男性の僕より速い女性。
それは、僕がマラソンを始めて4年目の出来事。
まだ慣れることの無いマラソン大会という雰囲気。
緊張しすぎて、なかなか寝付けず、短い睡眠時間になると覚悟し目が覚めた朝。
時計を見ると、予定より早く起きてしまった自分に焦る・・・
会場に到着すると、様々な県から訪れたであろうナンバープレートがずらりと並んでいた。
5月の風はサラリとし、肌を撫でていく先には、マラソン特有のカラフルなユニフォームを着たランナーで溢れていた。
そんな中、ひときわ目を引くランナーがいた。細身に仕上がった体は、『本格的』だと言わんばかりだ。
「凄い体だな」
思わず言葉が出てしまった。周りに聞こえてないか心配になる。
そのランナーは女性。さて、どの種目にエントリーしているのだろう。
きっとそのとき、他にも『本格的』なランナーは沢山いて、そこには男性も女性もいただろう。
しかし、なぜだか僕はその女性ランナーに意識が向いていた。
マラソンを始めて4年目の僕は、やっとそれらしいタイムが出せるようになってきた。
もちろんこの大会も『自己ベスト』を狙い、全力で走る所存!
最終的にフルマラソンの完走を目指す僕は、現時点での大会エントリーの全てをハーフマラソンに絞っている。
アナウンスにより、僕のスタートが迫ってきたのを知る。
深呼吸を一つし、ゼッケンのついたユニフォームに着替える。
さっきまで優しかった太陽が徐々に攻撃的な日差しを向けてきた。
「今日は暑いかもな・・・」
汗っかきの僕は、気温と湿度の影響を大きく受けるタイプのランナーで、自己ベストを目指す身としては、どうしても気になってしまう。
ゆっくりと歩きながら流れに交じる。
集団で動くその先にスタート地点がある。
皆、思いおもいに体を動かし、ストレッチをしながら整列する。
ほどなく鳴り響く号砲。
一斉にスタートする。
前方に先ほどの女性ランナーを発見!
さて、どれほどの実力の持ち主なのか?
この時点での僕は、大会のレベルにもよるが、女性であれば入賞できるぐらいのタイムで走ることができていた。だから、女性であれば、ほとんどの人に着いていける。
コースは平坦な道から、こ線橋の登りを超え、田植えを待つ田園地帯を進んでいく。
やがて折り返しをくるりと過ぎ、ゴールまで約半分を残して気合を入れなおす。
例の女性ランナーは依然として僕の前を走るが、その距離は縮まらない。
「よし!目標にしよう!ラストで追い越す!!」
自己ベストを狙う僕の設定スピードとほぼ同じく走るその女性ランナー。
まぁ、『さすが』と言っておこう。鍛えぬかれた体形が、僕を納得させる。
やがてゴール手前5キロ。
「追い抜く!」と意気込んだ割に、ほとんど距離が縮まらない・・・
脚の筋肉がきしみ始めている。呼吸は既に荒く、声が漏れそうだ。
このままいけば自己ベストはほぼ確定で。だからこそ、僕の前を行くその女性ランナーに悔しさを感じた。
「大したもんだな」
率直な感想が頭に浮かんだ。きっと凄い練習をしているんだろうな。じゃなきゃ、女性がこのペースで走れるわけが無い。なによりその体形が日々の鍛錬を物語っているではないか。
無理を承知でスピードを上げる僕。
「男だろ!気合入れろや!!」
自分を鼓舞し、そして徐々に彼女との差が詰まってくる。
すぐ後ろに付く。
目の前を走るその女性の肌は程よく日焼けして、汗で光っていた。
そういえば友達が競馬を見に行った時の土産話でこんなことを言っていた。
「パドックで間近に見る馬は、筋肉が隆起し毛が黒光りしていて、鍛え抜かれたその体は綺麗と表現するしかないぐらいだ」
まさにその女性ランナーがそれだった。性別を超越した肉体としての「綺麗」だった。
ラスト2キロで女性ランナーがスピードを上げた。
僕はもう着いていくことができなかった。。。徐々に背中が見えなくなっていく・・・
そしてそのままゴール。
荒い呼吸のまま倒れこむ。時計を見るとしっかりと自己ベストが出ていた。
「やった!!でも悔しいな・・・越せなかった・・・着いていくことさえできなかった・・・」
この悔しさが日々の練習のエネルギーになる。今の自分を超えていくための。
その為なら、なんだって出来る。我慢する。大好きなお酒だって。
そもそもランナーのくせにタバコだって吸っている。
「おい!本気でやれよ、俺!!」
きっとあの女性ランナーは入賞した事だろう。もう少しすれば表彰式が行われるはずだ。
表彰式などに縁の無い僕は、完走証を貰い、車に戻ろうと歩みを進めた。
ゴールがあるグランドを過ぎ、受付がある体育館の脇を通る。
何気に左を向くと、建物脇のテントの下にあの女性ランナーがいた。
何やら友達らしき人としゃべっている声が聞こえる。
「やっぱ走った後はこれだよねぇ~最高ぉ~~!」
そこは喫煙所で、、、
彼女は思いっきり美味しそうにタバコを吸っていた
僕の反省を返してほしいと思った。
少しでも誰かの心に響けたら!!
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。