※リライト記事です
秋田県でフルマラソンを走れる大会として人気が高い『田沢湖マラソン』は県内外から多くのランナーが訪れる。
会場は日本一深い湖として有名な『田沢湖』。
マラソンを本格的に初めて4年目で、初めてフルマラソンを走った。体験した。
世界が変わる瞬間だった。
凄く衝撃的だった!
真剣に、がむしゃらに、夢中で同じゴールを目指すランナーの人間臭さが!!
普段は見ることの無い必死の形相の人間の姿。
フルマラソンを目指した段階で、「趣味」の域からは、外れてしまう。
完走する為のトレーニングは、簡単なものでは無いから。
全ての市民ランナーは同じ。それは・・・・
仕事と家庭とを両立しながら、限られた時間で、目標に向けてのトレーニングをしていくのだ。決して楽な道のりではない。
イチロー選手の言葉が思い出される。
「少しずつ自分を超えていく」「これで正解なのか分からない時もある」
僕たちは努力を重ねていく。気持ちや体がキツい日もある。
そんな日でも、僕たちは走る
本当に、雨にも負けず、風にも負けず・・・なのである。
不安と期待を同じぐらい抱えながら、大会当日を迎えていく。
そして大会当日~
フルマラソンを走るのだと思っただけで、慣れた大会の風景が違って見えた。
短い距離の参加者よりも、自分が特別な存在に感じたり。
マラソン大会だから当たり前なのだが、周囲はランナーだらけ。
緊張で何度も向かうトイレへの道すがら、すれ違うランナーが気になる。
本格的なテーピングを施している人。
アップに余念がない人。
いろんなウエアーが、かっこいい!
中には故障を抱えながらもトライする様子がうかがえる人もいる。
ここにいる人たちは皆、何かしらの強い想いを持っているのだ。
いよいよスタート~
人込みでごった返すスタート地点。
人間が密集したムッとする臭気がなんとも言えない。
各々が手を、足を回したり、叩いたり。
真剣な顔もいれば、談笑する姿もある。
天候が気になる。気温と湿度が。
これから始まる42.195キロの旅路への期待と不安・・・
はるか前方で何かのアナウンス
一瞬の静寂の後、号砲が鳴り響いた。
1キロ~10キロ
スタート直後。
かなりの集団がノロノロと移動を始める。
周囲で声援を送ってくれる観客の姿に、なんだか誇らしくなる。
3キロぐらいになると、少しずつ集団の間隔が空き始めて、自分のペースで走れるようになる。追い越していく人。追い越されていく人。
皆それぞれのペースで、作戦でアップダウンを超えていく。
まだまだ余裕。
話をしながら走っている人もいて、とても楽しそうだ。
同じペースで走っている僕の周りの年齢は様々。
老若男女が共に同じゴールを目指しているのだ。
中には、もうゼェゼェと呼吸している人がいるので、ちょっと気になるが・・・・
10キロ~21キロ
田沢湖マラソンは、難コースとして有名だ。前半のアップダウンが激しい。
沿道を埋め尽くす応援の人たちが、途切れることなく声援を送ってくれる。
声をかけてくれる人。タッチしてくれる人。
エイドのボランティアの人たちの懸命の給水作業。
なんだかテレビ中継で見るその中に、自分がいるみたい。
このあたりになると、少しずつランナーの様子が変わってくる。
ほんの少数だけど、歩いている人もいる。
まとっているユニフォームを見ると、本格派に見える人も歩いていたり。
きっと何かのトラブルがあったのだ・・・・
腰に手を当て、首を傾げる様子に、なんだか心が苦しくなる。
「こんなはずじゃ無いのに・・・」無念さが痛い。
この日のために費やしてきた時間。積み重ねた努力が終焉を迎える。
無理は禁物だ。時としてマラソンには危険が伴う。
陽光に照らされた雲のコントラストの隙間から見える青空。
9月の3週目の日曜日。
東北とはいえ、秋風にはまだなりきれない夏の空気が容赦なくランナーをなでていく。
田沢湖付近をスタートし、街中へと導いていたコースが、再度湖畔へと向かう。
戻ってきて半分の21キロ。
そこからは、湖を一周する。
21キロ~35キロ
湖畔へ戻ってくると、一瞬だけ一気に声援が大きくなる。
大会本部がある付近では、ゴールを待ち望む家族が子供たちが大勢集まって、目の前を通過していくランナーに、大きな声をかけてくれる。
応援の人たちは皆、知り合いを見つけ、大きく手を振り声をかける。
それに答えるランナー。
続々と湖畔に飲み込まれていくランナーたち。
これから待ち受ける本当の試練への道のりの始まり。
ここまで21キロを走ってきた。さすがに無傷では無い。
疲労感が現れ、足に重みを感じ始める。
しかし、ここからのコースは、湖に沿った道を1周すればいい。
木々に遮られ、太陽光は柔らかく降り注ぐ。
湖面がキラキラと光り、波立つ様子が涼しさを増してくれる。
沿道の応援は、ほぼなくなり、ここからは自分と向き合う時間が始まる。
集中しながら自分の体との対話をしていく。
足の痛み。筋肉の硬さ。芯にくる疲労感。喉の渇き。
ぽつりぽつりと、歩き始めるランナーが増えてくる。
ガードレールに手をつき、アキレス腱を伸ば仕草が痛々しい。
突然声を上げ、足を引きずり出す。吊ってしまったのだ。
脱水症状で嘔吐しそうな人もいる。
コースには要所に救護の係がいる。直ぐに対応が行われる。
初めて見る惨劇。マラソンの過酷さ。
テレビで見る、笑顔のゴールは限られた人にのみ訪れるイベントなのか?
よく言われる35キロの壁。
ここに至る前にもう壁は存在する。
自分の足で稼ぎだした距離が、ダメージとなって自分に蓄積していく。
アドレナリンという麻薬が切れ、少しずつ現実が自分の体を覆っていく。
気持ちとは裏腹に、苦しさ痛さが心を葛藤させていく。
無理は禁物
分かっている。分かっているけど歩きたくない!!
一度歩いたら最後。気持ちの糸が切れてしまう。
僕レベルの人。そう、5時間以内の完走を目指す人たちは、たいがいここで歩き始める。歩いては走り、走っては歩く。
もうどんなに遅いスピードでも、走り続けることは出来ない。
何か、ドロリとしたものが体の中を流れている。
具体的な言葉で表現できない苦しさが、体の中から湧き上がってくる。
残りの距離が、ゴールまでの距離が果てしなく長いものに感じ始める。
あんなに気持ちよく走っていたのに、たった1キロがとてつもなく長い・・・・
35キロ~ゴール
ラスト7キロ付近の田沢湖マラソンは、そこから本当の地獄が始まる。
急こう配の坂が目の前をふさいでいる。
疲労困ぱいし、足の筋肉が固くなり、踏み出すたびに痛みが走る。
僕だけではない。周囲を見渡しても、元気いっぱいの人などどこにも見当たらない。
汗でぬれたシャツが体のラインを露わにする。
姿勢の悪さが疲労の激しさを物語っている。
皆一様に下を向き、路面なのか踏み出す足先なのか、とにかく首を垂れている。
しかしここにいる全員に変わらないことがある。
歩みを決して止めはしないってこと。
鬼の形相で歯を食いしばり、急な坂道を登っていく。
「あぁ、そうなんだ。みんなゴールしたいんだ」
肉体的にこんなに苦しい思いをしたことは、僕は無い。
このまま座ってしまえば、救護のバスに乗ることができる。
この苦しみから簡単に開放される。
それを許さない心が自分の中にある。
そして僕は一人じゃない。
周りを見渡せば、前にも後ろにも必死の形相の人たちがいる。
目が死んでいる人などどこにもいないのだ。
僕たちはただの市民ランナー。誰の強制も受けていない。
いつでも歩みを止めることができる。
それでも僕たちはゴールを目指す!
ゴール
フルマラソンの凄いところ。
もう限界!一歩も動けない!!って思ったところから、あと2キロは残っている。今はもう何度もフルマラソンを経験したが、このことに変わりはない。
自分の限界に挑戦し、その為に日々のトレーニングを積み重ね、その先にゴールを見ている僕たちに、プロとかアマとか関係ない。
ゴール付近にはまた沿道の応援が聞こえてくる。
初めに見た応援の人たちと違うものがある。
その人たちの目だ。
繕うことなく、心からの声で言葉で、ここまで戻ってきた僕たちを励ましてくれている。フルマラソンのゴール付近で応援した経験のある僕は、そのことを良く知っている。タイムや順位など関係ないのだ。
一人の人間が、自分自身と戦い、そして諦めることなく、ここまで戻ってきた。
走っていようが歩いていようが関係ない。
ここまで戻ってくる道のりが、どんなに過酷なものだったのか、容易に想像がつくのだから。
歓喜と憧れのまなざしを一身に浴びながら、皆一様に笑顔でゴールに向かう。
やった・・・・たどり着いた・・・
ゴールゲートをくぐり、完走をはたしたランナーたちは、その瞬間、嬉しさと苦しさと安堵が混じった、なんとも表現できない顔をしている。フラフラになり、膝に手をつき、苦しさから解き放たれた解放感とゴールした達成感で、胸が一杯になる。
そこには、踏み出す脚にはもう力は無く、激しい全身の筋肉痛を感じ、歩くことさへままならない状態で、あの限界を超えた苦しさを思い出しながら、来年へのリベンジを誓う僕たちがいる。
少しでも誰かの心に響けたら!!
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。