雨のち いずれ晴れ

ホントは寂しがりやのシングルファザーが叫ぶ! 誰かに届け!誰かに響け!!

恩返しは早い方がいい

「僕、車にはあまり興味ないんで ハハハ」

 

会ったばかりの営業マンになぜ僕がこんなことを言ってしまったのか、今となっては申し訳なさで一杯になる。

このとき僕は車屋さんにいた。ディーラーというやつだ。

車に興味が無いというのは本当のことで、興味が無いから知識も無い。

子供が産まれて後ろの席にベビーシートを取り付けて出かけることが多くなって、さすがに2ドアでは勝手が悪いと意を決して車を購入することにした。中古はお古だから壊れやすいし長持ちしない。だったら新車でしょ。と安易な考えで、いきなりディーラーに出向いた。アポなしで。今から20年も前のことだ。

『車は車屋さんに売っている』

今思うと赤面ものだが、当時の僕は単にそう思っていた。だから直接、いきなり店頭に出向いた。

 

この時乗っていたのはRAV4という車で2ドア。家庭の事情で進学を諦めた僕に、両親が買い与えてくれた。購入するまでの段取りは父が行ってくれたのでどのような手順で車を購入するのか僕は知らなかった。

 

 

比較的大きな店舗だったそのディーラーのガラス戸を開けた先には数台の車が展示されている。

受付らしき女の人が話しかけてきたが、アポイントが無い客だと知ると少し驚いた表情をしたのを僕は見逃さなかった。どちらかというと空気を読めるタイプだと自負している僕は、その雰囲気で察した。通例には無い訪れ方を僕はしたのだと。

 

とりあえず席に案内され飲み物を聞かれた。にわかに緊張してきた僕は、普段は飲みもしないアイスコーヒーをお願いした。メニューの一番上に書いてあったから。

そのアイスコーヒーよりも先に鎌田さんが現れた。

「いらっしゃいませ」

まだ二十歳そこそこの僕に満面の笑みを浮かべ小柄で恰幅のいい鎌田さんが近づいてきた。名刺を頂いたときに『鎌田』さんであることを知ったのだが、鎌田という苗字になぜだかしっくりきた自分を覚えている。

予算と車種を聞かれた。適当なカタログを見繕って目の前に出してくれた。親切に説明をしてくれた。ローン計画にもアドバイスをくれた。

この時の僕が冷やかしではなく購入の意思を持って来店していることに気づいていたからだろうし、そのような客に会えたことは営業マンとしてはラッキーだっただろう。労無くして客を捕まえ成績を上げる事ができるチャンスなのだから。

 

そんな下心があるとも気づけない当時の僕は、突然現れた若造にもかかわらず親身に接してくれる鎌田さんにとても感謝したし、生まれ育った地域が近いということを知り、年齢が近いということもあり親近感がどんどん膨らんで、流れるように新車を購入した。

この日から鎌田さんが僕の担当になった。佐藤さんでも鈴木さんでも無く、僕の担当は『鎌田さん』になったのだ。

 

 

当時、僕が車に興味を持てない最大の理由があった。お金が無いのだ。

鎌田さんに相談しながら車種を決めた時、「オプションはどうしますか?」と聞かれ僕は冒頭に書いた言葉を発してしまった。

「僕、車にはあまり興味ないんで ハハハ」

車を売ることを生業としている人に対してこんなことを言ってしまった僕。今ならその心無い言葉を発した自分を恥じる事ができるが、当時の僕は自分を繕うことしかできなかった。この言葉はお金の無い自分を隠すための言い訳にすぎないのだから。

 

オプションを付けるどころか、不必要と思われる装備はことごとく取り除いていった。少しでも返済額を下げるために。

必要最低限と気を使ってくれた鎌田さんのアドバイスを聞き入れなかった僕の車は、サイドバイザーさえ付いていない、雨の日には窓を開けて換気すらできない車に仕上がった。しばらくこの車に乗っていた僕は、サイドミラーが電動で動く車が世の中に多く出回っていることに気づくまでけっこうな時間を要した。フロアマットがピラピラに薄くて内装の形に合っていないのが最低限のオプションを外したせいであることも。

 

 

この車の購入以来僕は鎌田さんを信頼した。そして信用した。大した金額の車を買ったわけでもないのに、事あるごとに鎌田さんに電話をして相談したし、アクシデントが起こるたびに鎌田さんを呼び寄せた。購入した車以外のことでも。

まだ勤務時間でもない早朝に、バッテリーが上がったと言って自宅まで来てもらったこともある。僕の管理が悪いだけだったのに嫌な顔一つせず鎌田さんは来てくれた。

また別の事柄では「これぐらいならサービスします」と無料で修理してもらったこともある。

 

 

そんな鎌田さんにはもちろん感謝していた。だからそれ以降、僕が購入する車は新車中古車問わず全て鎌田さんから買った。

色々迷惑をかけたがそれでも僕が鎌田さんから買える車の値段はまったく大した金額じゃなくて、そのことがどうしても申し訳なくて。

いつか2倍も3倍も予算ができたときには、その予算を使って必ず鎌田さんから買おうと自分の中で決めていた。僕ができる最大の恩返しは、鎌田さんから高い車を購入すること以外に無い。

 

 

 

そして時は流れ、2018年5月。遂に僕に新車を購入する時期が訪れた。時期というよりは節目と表現した方がいいのかもしれない。

この時の僕には、ちょっとした不幸が訪れていて、『後悔するような人生を歩むのは止めよう』みたいなテンションが心の中に充満していた。

離婚して2年が経過し、必死で生活をしてきた中で長男が進学。しかし1年経過したこの時に自主退学をすることになった。ここまで使ってきたお金が水の泡と消えた。節約し我慢をしながら進学資金を貯めてきたのだが、結果は残念なものになった。

このことで長男を責める気持ちは全く無いので、それだけは誤解のないようにお伝えしたい。二人で話し合った結果の末の出来事であったのだから。

 

 

車が無ければ生活できない地域で暮らしている僕は息子に自分の車を譲ることにした。その結果、自分用の車を用意しなければならなくなった。

車に興味が無いとはいうものの、この時の僕には欲しい車があった。『車種』というよりは『機能』と表現するべきだろう。それなりの金額になる。過去に僕が購入した車たちより大幅な予算を要する。

ありがたい事にこの時僕は、思い切った決断をすれば目的の予算(返済も含め)を用意できる状態にあった。決断した瞬間僕は、迷わず鎌田さんに電話していた。

「鎌さん、車買うよ。新車で。カタログ用意しておいて!」

やっと来た。遂に来た。鎌田さんに恩返しできるその時が。

 

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結果的に僕は鎌田さんから車を購入しなかった。出来なかった。

「今回だけは妥協したくない」と申し出た僕に鎌田さんが正直に伝えてくれた。

「私のところにはその機能を搭載した車種は今はありません」

鎌田さんは身を引いてくれたのだ。

安い買い物じゃないのだから、ご自分で納得のできる車をお求めくださいと言ってくれた。営業テクニックとしては値引きを頑張ったり、オプションを無料で付けたり、メンテナンスを無料にしたりと、僕の気を引き留める方法はあった。増してやお世話になっている鎌田さんからの申し出とあれば僕はきっと妥協していただろう。でも鎌田さんは僕を引き留めなかった。自分の利益を優先しなかった。僕の事を想ってくれた。

 

 

鎌田さんから結論をもらったその足で僕は別のディーラーであり、初めて付き合うことになるメーカーに出向くことになる。今度はちゃんとアポを取って。

 

 

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新しく購入した車には満足している。でもそれは鎌田さん以外から買った車で、どうしても申し訳なさがぬぐえない。

その後、僕は鎌田さんに知り合いを紹介した。わりといい値段の新車を購入してくれた。その時の御礼の電話をくれた鎌田さんの嬉しそうな声は今でも忘れない。

次に僕に訪れる機会は長女の車である。最短では来年早々だし、遅くとも3年後。

僕はなんとしても鎌田さんに自分の手でお礼をしたいのだ。恩返しをしたいのだ。そのことが近い未来の僕の一つの目標である。

 

 

 

 

この記事を書いている2日前。もう付き合いが途絶えてしまった鎌田さんの勤めるディーラーから久しぶりにハガキが届いていた。

暗がりにあるポストから取り出したそのハガキ。かろうじてディーラーのマークは見て取れたので新車の紹介なのかと思い、リビングに入ってから裏を返してみた。

先月である9月の中旬に鎌田さんが永眠したと書いてあった。

まだ40代半ば過ぎ。僕との付き合いはまだまだ続くはずだった。僕が次に自分に用意する車はまた鎌田さんから購入すると決めていた。その時にはもう僕が必要とする機能はどのメーカーにも搭載されているはずだ。大きなアドバンテージは鎌田さんが持っている。なのに・・・・

 

 

 

恩返し出来なかったことは残念でならない。でも今の車を鎌田さんから購入しなかったことに後悔は無い。あの時「私のところにはその機能を搭載した車種は今はありません」と電話口で伝えてくれた鎌田さんに感謝したいし、あの時の声を忘れる事は出来ない。

お客を一番に思う営業マンの姿勢を目の当たりにした瞬間であり、その姿勢は新鮮でもあった。

 

 

鎌田さん、あなたのことは車を購入するたびに思い出すでしょう。どうかまたあなたのような営業マンに出会えることを願うばかりです。

お世話になりました。お疲れ様でした。ありがとうございました。

もう会えないけれど、あなたのことは忘れません。

 

 

少しでも誰かの心に響けたら!!

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。