僕の友人に、片親で育てられた女性がいる。
片親というのは、父のほうだ。
幼いころに病気で母を亡くして以降、ずっと二人で暮らしてきた。
そんな彼女からご招待頂いた結婚式での話。
※当時の映像を観ながら書きました。身バレ厳禁ですので、写真は全てイメージです。
なんなんだろ、女性って。
しばらく会ってないからとか、そんなんじゃなく、久しぶりに僕の前に顔を出した彼女は、ドレスなんか着て。それが驚くほど綺麗で。
息をのむって、こういう時に使う言葉なんだなって実感した。
チャペルで行われた式。
凛と静まり返った式場に讃美歌の音色。
もうそれだけで全身の肌がびりびりと刺激をうけて、感動もので。
花嫁と同じぐらいの背丈の父親。
しゃんと背筋を伸ばし、堂々と娘と一緒にバージンロードを歩く。
感慨を漂わせながら、花婿へと娘を渡す。
粛々と進んでいく誓いの儀式。
新郎新婦の後姿。
お互いに目配せをする笑顔。
見ているこちらまでも幸せな気分になる。
盛大にとりおこなわれた披露宴。
会場入り口に置かれたウエルカムボードには、二人直筆のメッセージと、かわいらしい絵が描かれていた。
片親であること。
それが男親だということで、トラブル続きの日々であったことを僕は彼女から聞いている。
田舎のおやじというものは、家族に対して無口で不愛想な人が多い。僕はそんなイメージだし、彼女の父親はまさに、そんな人だった。
こんな父親と向き合う娘はさぞ、苦労したことだろう。
華やかで賑やかで、温かな雰囲気のまま進んでいく披露宴。
すると突然のサプライズ。
スライドが持ち込まれ、そこに写真が映し出され始めた。
写真などあまり撮る機会がなかったであろうと想像されるなかでの貴重な画像。
彼女が産まれた時から始まったスライド。幼いころのものは、母親と共に、もしくは父親も混ざり三人の笑顔が並んでいる。
それがやがて、父親と娘二人だけの、なんだか彩をうしなったかのような味気ない写真へと移っていく。
進んでいくスライドが静止し、会場の空気が一瞬止まるような意味不明の写真が映し出された。
それは家の中のどこかのドアで、しかも斜めに映っていて意味が分からない。
なかなか次に進まず、ざわつき始める出席者たち。
するといきなり花嫁が立ち上がり、司会者から渡されたマイクを手にして、写真の説明を始めたのだ。
その写真は、生理がきたことを打ち明けられず、トイレにこもってしまった時のものだそうだ。
理由が分からす、なかなかトイレから出てこない娘に怒った父親が、テーブルを叩いたはずみで床に落ちた使い捨てカメラが、落下の衝撃でシャッターが切れ、たまたま写ったトイレのドアだったとのこと。
この写真をきっかけに、二人の物語が始まった。
花嫁が大人になるまでの二人の関係は、けっして良いものではなかったそうだ。
中学最後のバレーの試合風景。
一度も見に来たことが無い父親が、隅の方に小さく写っていた。手書きでマーキングして強調されてある。マーキング無しでは見つけることができない写り方。中学最後の娘の試合を隠れるようにして見ている。
みすぼらしい容姿の父親を友達に見られるのが嫌で、「絶対に学校とかに来ないで!!」と、当時の花嫁が父親に言っていたそうだ。
私立高校の入学式での集合写真。
周囲の父兄よりあきらかに老け込んでいる父親。気を使ってなのか、娘から一番離れた所に並び、写っていた。
母親が亡くなってからは、タバコを止め、唯一の楽しみだった大好きなお酒も節約して、私立高校に入れてくれたそうだ。
テーブルにつっぷしている父親を上から撮った写真は、頭髪の薄くなったボサボサ頭がやけに目立つ。
いつも電気を消さずに寝ている娘。なじむことができない高校生活で疲れ、気づくと眠ってしまっていたそうだ。
そんなこととは知らずに電気を消さない事を常に怒っていた父親に、「自分だってやってるじゃん!」と文句を言う為に撮った一枚。
しかしこの時の父親は、仕事で疲れながらも家事をこなし、自分の夜ご飯も食べないままリビングで力尽き眠ってしまった時のものだったそうだ。
じょじょに会場では誰かがすすり泣く声が聞こえ始めた。
次は、少し離れた所から景色でも撮ったのだろうか。
そして自宅がわずかに映っている。その自宅の窓をマーキングで強調してある。
高校生なのに無断で友達の家に泊まり、そのことで口論になり、怒り狂った父親が投げたものが、自宅の窓を割ったことがあったそうだ。
その日、朝帰りした時には、父親はもう出勤していた。
娘は、着替えて登校しようと家を出て、庭先にタバコの吸い殻が大量に落ちているのを見つけたそうだ。
花嫁が父親に問いかける。
「あの時、寝ないで私を待っていて、心配のストレスで、止めたはずのタバコを吸ってしまったの?」
会場のほとんどの人が一斉に父親の方を見る。
みんなに注目されて、無反応を決め込む父親。
その時以外で喫煙の痕跡を見つけたことはないそうだ。
もう、このころになると、二人の関係は最悪で、誕生日やクリスマスなどのイベントも全く無かった。食事すら一緒に取ることは無くなっていた。
しかし、誕生日とクリスマスにはいつも小さなショートケーキが食卓に置いてあった。父親が用意してくれていたものだそうだ。
ピンクの車の写真。
家には車が一台しかなく、二台目を買う余裕などない。
娘の卒業のタイミングで父が自分で買い変えた車だそうだ。
自分の好きな車など、買えるわけが無いと思っていた娘がチラシに印をつけているのを見つけた父親が、その車を買ってきたらしい。
新車ではなかったが、凄くうれしかったそうだ。
最後は、新郎新婦のご家族が一緒に写った写真だった。
花嫁の父親の顔がはっきりと写っている。たしかに年齢の割に老けて見える。
不器用に笑うその顔には、シワで『苦労』と書いてあるようだ。
会場の昭明が元に戻り、明るくなった。
花嫁が最後のコメントを話し始める。
今まで、父の苦労も知らずに我がままばかり言って申し訳なかったこと。
男で一つで娘を育てる事が、どんなに大変だったのか理解できる年齢になり、当時の自分を恥じているとのことだった。
そして最後に「お父さんのおかげで、私はこんなに大きくなりました。私、幸せになります。お父さん、本当にありがとう。」という言葉で終わった。
僕の席からは、斜め前に父親が見える。
父親は、座ったまま下を向き、ボロボロと涙をこぼしていた。
周囲から差し出されるハンカチを無視して、ただただ男泣きしていた。
二人にはどんな苦労があったのだろう。
娘を一人で育ててきた父親には、どんな想いがあったのだろう。
なんとなくだけど、今の僕には分かるような気がする。
少しでも誰かの心に響けたら!!
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。